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8 密室の鍵

「最初の事件の現場となった書斎の鍵を持っていたのは、私と父シュテルンベルク公爵のふたりのみですわ。

私も父も鍵は肌身離さず身につけており、屋敷の使用人であろうと鍵を別の人物に預けることはしません。

そして第二の事件の現場である別宅の地下室の鍵は書斎の中で管理されておりました。

どちらの犯行も現場に無理やり入られた形跡はなく、第一の事件の時点で書斎に侵入して地下室の鍵を持ち出し犯行後施錠し密室を作り出したと思われます。

私の鍵は普段から私が首にかけていて、最初の事件が起こった際も身につけたまま隣国の質屋まで行きました。

屋敷に着いた時、私は身につけていた鍵をレストレード警部に預けました。

そうなれば、第一の事件の犯行時に使うことのできた鍵はひとつのみ。

シュテルンベルク公爵の持っていた鍵です。」


「あなたが犯人でないのなら、その鍵を使って密室を作り出した犯人が他にいるといいたいのですね。

しかし、シュテルンベルク公爵が着ていたジャケットの胸ポケットに鍵が入っていたのですよ。

それはどう説明しますか。

犯人は外から凧糸でも使って鍵を戻したとでもいうのかね。

仮にそうだとしても、ジャケットのポケットへ鍵を入れることはできないでしょう。」



「そのような小細工はしていないと思いますわ。

この部屋の扉には隙間などありませんし、あなたの言う通り外からポケットに鍵を戻すのは無理がありますもの。

だから、遺体のポケットにある鍵は犯人が使ったのとは別の鍵なのです。」



「カメリア嬢は書斎の鍵は2本ではなく、3本だったと考えたのかな。」


「いいえ、そうではありません。

その鍵は書斎の鍵ではなかったのです。」


レストレード警部は「そんなことはないはずです。」と目を丸くした。


「私はあなたから預かった鍵を調べさせてもらったが遺体のポケットにあった鍵と型が一致したんですよ。」


「父は自分以外が書斎に立ち入ることを禁じておりました。

ですから、私はその鍵を使ったことがございません。

遺体が発見された時、扉を壊して部屋の中に入ったのでしょう。

遺体のポケットに残された鍵が書斎を開けることができるのか、確かめていないんじゃありませんこと?」



レストレード警部は証拠品として押収していた鍵を取り出し、壊れた扉の鍵穴へ恐る恐る差し込んだ。

鍵ははまらなかった。


「どういうことだ。」


「この事件においては密室トリックなどないのですわ。

犯人は本物の鍵を使って書斎に入り、犯行後別宅の地下室の鍵を取り出し鍵をかけて書斎を後にした。

鍵を使って別宅の地下室を開け、ビルヘルム王子とリリーを招き入れ殺害した。

それだけのことですわ。

書斎を開けることのできる鍵は一本だけ、そしてそれは今も犯人の手にあるのです。

それともう一つ、私たちは誤解していたことがございますわ。」


「なんだね。」


「遺体の手を確認してくださいまし。

あかぎれやささくれがあり、手入れがされていない荒れた手ですわ。

まるで普段から手仕事をしている人のようです。

一切の家事を使用人にまかせ、常に世話をされている貴族の手としては不自然ではありませんこと?

現に、私の覚えている父の手は荒れておりませんでした。

貴族たるもの、身だしなみには指先まで手を抜いてはいけないというのが父の常でしたから。」


「それでは、殺されたのはもしかして。」


声を振るわせるヒルダに私は「ええ、その通りよ。」と頷いた。


「殺されたのはシュタインベルク公爵ではなかったのです。

この遺体はあなたの父親でシュテルンベルク公爵の従者、エイブラムのものですわ。」


かわいそうなヒルダは腰を抜かしてしまった。


「レストレード警部、遺体の上着の下を確認していただけませんか。

もしそれが父さんなら…エイブラムなら右肩に古傷があるはずです。」


ヒルダに応え、レストレード警部は遺体のシャツをはだけさせ右肩を確認した。


「確かに古傷があります。」


「父さん…!」


父親の死を知ったヒルダは静かに涙を流した。


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