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7 かくしごと

「カメリア様、疲れが溜まっていらっしゃるでしょう。

紅茶をお持ちいたしました。」


「ありがとう、ヒルダ。」


レストレード警部の取り調べを終えた私は、自室で休んでいた。

無論、部屋の外には警官が見張りを続けていて息が詰まる。

ヒルダが淹れてくれたアールグレイの香りに、少し心が落ち着いた。


「ヒルダ、あなたもそこへかけてちょうだい。

少し考えを整理したいから話をきいてほしいの。」


「承知いたしました。」



私はお気に入りのアンティークのソファに腰掛け、その向かいにヒルダが座った。


「わからないことが多すぎるわ。

まずお父様の事件から整理しましょう。

私たちが隣国の質屋へ向かうため屋敷を出たのは昨日の午後ね。」


「午後1時ごろでした。

隣国までは馬車で片道3時間かかります。

質屋での荷物の受け取りに30分ほど、馬の補給に時間も合わせてこちらに帰ってくるまで7時間かかりました。

屋敷に着いたのは午後8時すぎです。」


「父は大広間で昼食をとったあと、私が出かけるのを見送ってから書斎にこもった。

ですから最後に父が生きているのが確認されたのが1時過ぎですわ。

父の遺体が発見されたのが午後6時。

1時から6時までの5時間のあいだに父は殺されたと考えられますわ。」



「カメリア様、旦那様は自分の身に危険が迫っていることをご存知だったのではありませんか。」


「どうしてそう思いますの?」


「旦那様は娘のカメリア様もふくめ、人と会話されることを避けておられました。

その旦那様が、カメリア様に頼み事をされるのは珍しいことです。

ご自分が殺されるかもしれないことをわかっていて、カメリア様にそれを知られないためにカメリア様を屋敷から遠ざけたのではありませんか。」


もしヒルダの言うことが正しいのならば、父はいつから危険が迫っていることに気づいていたのだろう。

父が質屋に行くよう頼んだのは、2週間前の王宮主催の夜会の翌日だ。

質屋に行く日程を決めたのも父だ。


「父は殺されるのは昨日だと予感していたのでしょうか。」


父がそう予感した理由には、きっと二週間前の夜会が関係している。

他に二週間前から変わったことはなかっただろうか。


その時、私はあることに気づいた。


「もしも父が危険に気づいていたなら、不自然なことがありますわ。」


「不自然なことですか?」


「父は、昨日から従者に暇を出しています。

今日殺されるかもしれないと思っていたなら、従者に暇を出し護衛の手を薄くするのはおかしいですわ。」


気難しい父が自分の世話を任せている従者は、たった一人だけだ。

彼以外を父はそばに置かなかった。

その彼が、姿を消している。


「父の従者、エイブラムは今どこにおりますの。

ヒルダ、あなた知っているでしょう。

だってあなたは彼の娘なのですから。」


いなくなった従者エイブラムは、ヒルダの父親だ。

私の問いに、ヒルダは俯いた。


「私もエイブラムがどこにいるのか存じ上げないのです。」


「隠し事はよしてちょうだい、ヒルダ。」


ヒルダはガバリと顔を上げる。


「あなたはずっと私のそばにいてくれたんだもの。

誤魔化すときの癖くらい覚えておりましてよ。」


「申し訳ありません、カメリア様。

隠すつもりは無かったのですが…。」


目を伏せるヒルダの手に自分の手を重ねた。


「ヒルダ、話してちょうだい。」


「居場所を知らないのは本当です。

ただ、エイブラムは帰ってこれないほど遠いところにいるのでは無いかと思うのです。

一昨日の夜、私はエイブラムに暇をもらってどこに行くのかと尋ねましたが教えてはくれませんでした。

ただ一言、『頑張りなさい。』と言ったのです。

私の父は私に対してどちらかと言うと口下手な方ですから、そんなことを言われるのは初めてでした。

だから、もしかしたらしばらく帰ってこられないのかもしれないと思ったのです。」


エイブラムは、何か知っていたのだ。

私はひとつの可能性を思い立った。



「ヒルダ、私とともに書斎に行ってくれませんか。」


「カメリア様、どうなさったのですか。」


「確かめたいことがありますの。」


書斎を見たいというとレストレード警部は難色をしめしたが、警部の同行のもとという条件付きで渋々了承してくれた。


「容疑者を現場を近づけるのは望ましくありませんがね。

娘のあなたでないと気づかないこともありますでしょうから。」



レストレード警部はそう言って書斎の扉を開けた。

書斎は昨日のままになっており、顔の潰れた遺体もまだソファにあった。

私はソファのそばによると膝をつき、遺体の手を見た。

左薬指の銀の結婚指輪と親指の紋章指輪は確かに父のものだ。

しかし記憶の中の父の手とは様子が違う。

痩せ細った指にはあかぎれや細かな傷があり、爪も傷んでいた。

観察を終えると私は立ち上がった。


「何か気づかれたのですか。」


ヒルダの問いに私は「ええ。」と笑顔で答えた。


「私カメリアが、麗しき推理をご覧にいれますわ。」

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