6 深まる疑惑
「父娘の仲は決して良好ではなかった。
あなたは厳しい父親に日頃不満を募らせていた。
また、婚約者である自分を裏切ったビルヘルム王子と彼を奪ったリリーに恨みを募らせていた。
そしてあなたは昨日、書斎にて公爵を殺害。
夜中に見張りの目を盗んで屋敷を抜け出し、別宅の地下室にて王子とリリー嬢を殺害。
王子の筆跡を真似た遺書を残して心中を装い、王子に公爵殺害の濡れ衣を着せようとした。
私はこのように考えているのですよ、カメリア嬢。」
レストレード警部は冷たい目を私に向けた。
私はいま、容疑者として取り調べを受けているのだ。
「待ってくださいまし。
昨日の申し上げましたとおり、父の殺害が発覚したとき私は隣国の質屋まで出かけておりましたのよ。
私が午後に屋敷を出てから8時まで戻ってこなかったことは屋敷の使用人たちが証言してくれるでしょう。
それに私自身が荷物の受け取りをしたことを質屋の主人が目撃しているはずですわ。」
レストレード警部は口髭を撫でながら、「おっしゃるとおり、あなたにはアリバイがあります。」とうなずく。
「片道3時間かかる隣国へと行っていたあなたには犯行は難しいでしょう。
このアリバイが崩せるかどうか、我々は今捜査中であります。」
「それに、私は昨夜ずっと容疑者として身柄を拘束されていましたのよ。
私が夜に屋敷を抜け出していないことは、あなた方警察がご存知なんでなくって?」
「まぁ、監視の目を誤魔化すのが難しいのは否めませんな。
しかし、この屋敷から別宅までは馬車で30分ほど。
メイド長はリリー嬢は9時に外出許可を得て屋敷から出たと証言している。
10時以降に犯行を行い早朝までに戻ってくることは時間としては不可能ではないでしょう。
婚約者のあなたなら王子と手紙でのやり取りもしていたでしょうから筆跡を真似ることも容易です。
何より、この屋敷の書斎と別邸の地下室の二つの鍵を手に入れることが可能なのは、カメリア嬢、あなただけなのです。」
「それは私が鍵を持っているからかしら。
けれどもリリーはうちのメイドなのだから、地下室の鍵を手にする機会はあったはずですわ。」
「あなたはご存知ないのですか。
別宅の鍵は公爵の書斎に保管されていたのだそうですよ。
書斎と同じく、公爵は自分以外の者に別宅への出入りが許されなかった。」
「父が別宅は誰も近づけないのは知っていましたが、鍵のありかは知りませんでした。」
「昨夜公爵の遺体が発見されたときには、すでに書斎に鍵はなかったことを我々警察は確認しております。
書斎の書き物机の中に、鍵を保管していたと思われるキーケースがありましたが鍵はついていなかった。
従って、犯人は公爵を殺害した際に別宅の鍵を持ち出したものとみて良いでしょう。」
「ですから、あなた方は父を殺害した者とビルヘルムとリリーを殺害した者は同一犯と考えているのですね。
そしてそれが私であると。
証拠が足りないんじゃありませんこと?
私がビルヘルムを父を殺害した犯人に仕立て上げようとしたのなら、なぜビルヘルムとリリーを別宅で殺害したのでしょう。
彼らがふたりで公爵家の別宅へ忍び込むのは不自然です。
わざわざ自分に疑いの目が向く場所で殺害するのは、偽装工作の意味がなくなってしまうのではないでしょうか。」
「カメリア嬢がそのようにお考えになるのももっともです。
殺害現場が別宅であった理由は我々も疑問に思ったことであります。
あなたのおっしゃるとおり決定的な証拠はなく、私の述べたことはただの推測にすぎません。
ですから我々は現時点ではあなたを逮捕はいたしません。
しかしあなたが容疑者であることには変わりありませんので、監視を続けさせていただきますよ。」