5 王子と田舎娘
「ビルヘルムが心中を?
それにお父様を殺したってどういうことですの。」
取り乱す私をレストレード警部が「落ち着いてください。」と宥める。
「申し訳ないが、詳しくお話しする前に水を頂いてもよろしいかな。
私は早朝に連絡を受け現場に向かい、たった今こちらに戻ってきたばかりなんだ。
あなたも朝の支度をなさったほうがいい。」
私は寝巻きのまま部屋を飛び出していたことに気づき、おとなしく彼の言葉に従った。
身支度を終ると、昨日と同じく応接室でレストレード警部は私に話してくれた。
「事件が起きたのは昨夜遅く。
現場には煉炭が残されておりました。
死因は一酸化炭素中毒と思われます。
地下室ですから、一酸化炭素が蔓延するのは早かったでしょうな。
亡くなっていたのはビルヘルム王子と、リリーと若いいう女性です。
あなたの屋敷で働いていたと聞きましたが、お間違いないですか。」
「ええ。
リリーはうちのメイド見習いでした。」
リリーは田舎から屋敷に働きにきた少女だった。
澄んだ青い瞳が美しい、明るく愛想のいい娘でよく働いてくれた。
私はリリーとは仲が良かったと思っている。
リリーは私を慕ってくれていたし、私もにこにこと笑顔を向けてくれる彼女が好きだった。
そんな彼女が、ビルヘルムと心中をするとは。
レストレード警部は胸ポケットから手帳を取り出した。
「遺書の内容を写しておりますので、読み上げます。
『私ビルヘルムは、リリーを一目見た時からその美しさに惹かれ、恋に落ちました。
リリーは私のたった一人の運命の女性です。
ご存知の通り私は公爵令嬢カメリアと婚約しております。
許されないとわかっていながら、私たちは愛し合っておりました。
しかし、シュテルンベルク公爵に私とリリーの関係を知られてしまいました。
口論になり、私はシュテルンベルク公爵を手にかけました。
私たちは許されぬ恋の末公爵を死に追いやった罪を、死を持って償うことにいたしました。』
便箋は王室の公式文書に用いられるものが使われており、筆跡も王子のものと酷似しておりました。」
「酷似していた?」
「ええ。王宮の使いのものに確認させたところ、王子の筆跡とよく似ていると証言しました。
けれども、筆跡は似せることができますからな。」
「レストレード警部は、遺書を書いたのは王子ではないとお考えなんですの?」
「そうです。
私はこの文書はビルヘルム王子とリリー嬢を殺害したものによって偽装されたものと考えております。」
「二人は心中したのではなく、殺人なのですか。」
「私は二人を殺害したのはあなただと考えているのですよ、カメリア嬢。」
レストレード警部は低い声で私の名を読んだ。
「そんな…言いがかりじゃありませんか。
私はついさっきまで部屋で寝ておりましたのよ。
部屋の前には見張りの警察の方がおりましたでしょう。
彼らに気づかれないで私が屋敷を抜け出して王宮に行くことはできません。」
私が反論しても、レストレード警部は「私だって理由もなくあなたを疑っているわけではありませんよ。」と疑いを取り下げない。
「二人が亡くなっていたのは王宮ではありません。
公爵家の別宅の地下室なのです。