3 殺害現場
書斎の壁には天井まで本棚になっており、隙間なく本が並べられていた。
一冊の本も盗まれたとは思われなかった。
窓の外は雨が降り続いているが、毛足の長い絨毯は濡れた痕がない。
それはつまり、外から押し入られた形跡がないことを示していた。
圧倒されるほどの量の本のならぶ書斎の中心、暖炉に向かうように置かれた革張りのソファに父はいた。
いや、正確には父の遺体だ。
顔が潰れるほど激しく殴られた状態で、ソファに座らされてるように息を引き取っていた。
「お父様で間違いありませんか。」
「来ている服も、紋章入りの指輪も、間違いなく父のものです。」
微かに残る香水の匂いでさえ、この遺体が父のものだと告げていた。
レストレード警部は事件の詳細を語る。
「発見されたのは今日の夜6時ごろ。
第一発見者のご婦人はお宅のメイド長だそうで。
昼間から書斎に籠った主人が夕飯の時間になってま出てこないので呼びにきたところ、返事がない。
庭へでて窓から中を伺うと、血を流しているのが見えたと言っておりました。
扉には鍵がかけられていたためメイド長が執事に頼んで扉を壊して中へ入ったところ、このありさまだったという話です。」
「カメリア様、書斎からなにか盗まれたものはありませんか。」
外から来た強盗の仕業にして私から疑いを背けたいヒルダが私に聞くけれど、書斎に初めて私にはわからなかった。
しかし、書斎の中は整理整頓されていて、強盗が金目の探したようにはみえなかった。
「見ての通り、現場には荒らされた形跡はないのです。
そのうえ、被害者は正面から襲われている。
被害者は犯人に対して無防備であり抵抗もしなかったのでしょう。
自分を襲ってくるとは考えもしなかったんじゃないかと、私は思いますな。」
やや得意げに見解を語った警部にヒルダが噛み付く。
「だからって、カメリア様を疑うのですか。
カメリア様が旦那様にこんな酷いことをするはずがありません。」
「では、親子仲は良好だったのですかな。」
レストレード警部の問いに私は俯いた。
「父は厳しいひとでした。
それに、父が愛していた母は私を産んだときに亡くなったのです。
ですから、仲が良いとはいえませんでした。
直接言葉を交わすことさえ稀でした。」
疑いが深くなるとわかっていても、私は嘘をつくことはできなかった。
容疑者となってしまった私は、警察の監視下に置かれることになった。
そうでなくても殺害現場は自宅なのだ。
大勢の警察が屋敷から出ていくことはない。
この夜、私は数人の警官が出口を見張っている自室で休まなければならなかった。
今朝にはこんなことになるなんて思いもしなかった。
この1日で、全てが変わってしまった。
私はほとんど眠れなかった。
けれども朝になって、私はより一層の絶望を知ることとなる。
私を起こしにきたヒルダが、部屋の扉を慌ただしく叩いた。
「カメリア様!
起きてください!」
「どうなさったの、ヒルダ。
そんなに慌てなくても起きておりますわ。」
扉を開けると、昨日よりもさらに青い顔をしたヒルダが入ってきた。
「カメリア様にお伝えしなければならないことがあるんです。」
「なんですの。」
私は嫌な予感を感じながらも、ヒルダに問うた。
「ビルヘルム王子が亡くなったのです。」