悪魔の声 【月夜譚No.353】
出前で天丼を頼んだ。良いことがあったとかで上司の機嫌が良く、昼食は部署全員に奢るから好きなものを頼めと回ってきたメニューの中で一番美味しそうに見えたのだ。
黄金色の衣に甘辛のたれがかかり、薄っすらと緑や橙の素材の色が窺える。海老の尻尾は赤々として、如何にも食欲をそそるビジュアルであった。写真を思い返して味を想像するだけで腹の虫が音を鳴らしそうである。
そっと腹部に手を当てて、彼女は複雑そうに眉を拗らせた。
決して忘れていたわけではない。寧ろ常に頭の片隅にあって振り切れず、半ばストレスになりかけている節がある。それでもやはり、誘惑には勝てないのだ。
柔らかな自身の腹に溜め息を吐き、卓上カレンダーに目を向ける。
ダイエットをしようと決心をして、早一週間。菓子を買ってしまうからとコンビニに寄らなかったり、カロリーの低いメニューを心掛けたり、一駅分歩いてみたり――一応、努力はしているのだ。しかし、こうして奢ってもらったり差し入れにと菓子を渡されたりしたら、その努力に綻びが生まれる。
自身の駄目さに呆れつつ、それでも美味しいものは美味しいのだ。
「お待たせしましたー」
間延びした声が、惚けた悪魔の囁きに聞こえた。