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彼は生まれつき目がほとんど見えなかった。


光に対して過剰な反応を示し、日中は一瞬たりとも目を開けられない。夜半の蝋燭でさえ一刻も見ていられず、正常な視界を持たなかった。


その事実を聞かされ失望する顔が、彼の父親に関する最古で最後の記憶だった。


彼の父親ジンは黒廟家(こくびょうけ)の当主でもあった。


つまり、出来損ないに用は無い。


黒廟家の支配領域の末端に建てられた、隙間風の止まないボロ小屋で、病弱な母親と無口な年配の侍女と静かに十年余り暮らした。


父はついに最後まで、彼らを訪ねることは無かった。


母もそれを責めることは無かった。また母は、自身の生まれについて話すことを決してしなかった。


優しくはないが家門内で唯一平等に接してくれる侍女も、二人でいる時であろうと決して話さなかった。と言うよりむしろ、純粋に知らされていないようだった。


新月の夜、母が彼の顔を愛おしそうに撫で、自分と同じ綺麗な琥珀色(こはくいろ)の瞳をしている、と褒めてくれた。それだけが彼の、自分について気に入っているただ一つのことだった。


家門のしきたりか、いつも篭りきりの彼を不憫に想ってか、母が病に臥せる身体に鞭を打ちながら本邸へと連れて行ってくれたことが数度だけあった。


そこで彼は、嫌でも自身の置かれた状況を知ることになる。


「惨めね………、ああなったらこの家門じゃ死んだ方がマシだわ」

「当主様にも見捨てられて………、ただの穀潰しね。ああ(おぞ)ましい」


次期当主候補者の母親や、本邸付きの侍女たちだろう。本人達に聞こえることも構わず、口々に罵る。彼の母はただ俯いていた。


母の握る手が少しだけ強くなった。


やがて彼は、言い表せない自責の念を抱えるようになった。


(僕のせいで母上は………、僕が出来損ないだから)


———曰く、黒く(くら)(なまくら)


これが自身につけられた、嘲笑を孕む呼称であることは後になって知ったことだ。


世界に蔓延る異形、それらを抹殺することにおいて大陸最強と名高く、栄誉ある白王(はくおう)(いち)(けん)たる黒廟家にあって、“なまくら”である———と。


無価値と同義だ。


この残酷すぎる事実を、聡い彼は、気の毒にも早くに悟ってしまっていた。


そんな彼に追い討ちをかけるように、母の容態は年々悪化していった。


彼が十一度目の誕生日を迎える直前、母はあばら家の中で静かに息を引き取った。


とうとう最期のその時まで、母は恨み言を口に出すことはなかった。


それどころか、


「何もしてあげられなくてごめんね、レエ………。あなたには、素晴らしい未来が待っていたはずなのに………」


レエの胸は締め付けられた。幼い子ども特有の言葉にならない嗚咽が止まらなかった。


———伝えたいことがたくさんあるのに………。


ただ、取り憑かれたように、ありがとうとごめんなさいを繰り返すことしかできなかった。


「レエ………、あなたは賢く優しい。どうか自分を愛して、たくさんの人に愛されるのよ。強く生きて………」


それが、母の最後の言葉だった。





それからレエは、黒廟家の本邸にある、狭く汚い小部屋に放り込まれるように(きょ)を移された。


あの侍女をそれきり見かけることは無くなってしまったが、レエにはそんなことを気にしている余裕などなかった。


黒廟家次期当主候補者でもある、異母兄弟たちによる壮絶ないじめの日々が幕を開けたからだ。

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