現世の天使
しばらく声をかけ続けていたのだろうか、何も返事のない私を心配したのか、顔がすぐそこにあった。
「ヴィリアラ様、お食事の用意ができましたので、食堂まで移動しましょうね」
「あ、う、うん」
さて、また考えるとするか。
シスタとはいたいし、主人公との接触を回避するってことは難しい。
シスタから主人公を遠ざけるのは可哀想。シスタにとって大切な友人となる人だから。どうし──
「お、お姉様、おはようございます」
天使すらも可愛さのあまり直視できないほどの愛らしい子と同じ声を持つ人なんてこの世に二人として存在しない!
まさか、こんな夢みたいなことが!
両親、たまには良いことしてくれるじゃん!
「シ、シスタ? あれ? 私死んだ? いやいや、この心臓の高鳴りは私の生を肯定している。そうなると、つまり今目の前にいるシスタは本物⁉︎ シスタ、シスタなの⁉︎」
「そうですよ。シスタです。おはようございます、お姉様」
「お、おはようシスタ」
「お姉様! どこか具合でも⁉︎」
「ち、違うのシスタ。涙はね、嬉しい時にも出るんだよ」
尊さの供給過多のせいで、せっかく目の前にシスタがいるのに涙で前が見えない。
破滅回避? シスタの前ではもうどうでもいい。
シスタといられるこの瞬間の幸せを、私は大事にしていこう。
ああ、本当に幸せ。
シスタの手が私の背中に当てられている。合法でこんなに近くシスタの側にいられるし、いてくれるなんて。
「落ち着きましたか?」
「うん。ありがとうシスタ」
ああ、シスタの髪、すっごく綺麗。さらに良い匂い。
水のように指の間から落ちる髪。けれど触り心地はふわふわですべすべ。一生触っていたい。
「お姉様、そろそろ朝食にしませんと。せっかく作って下さったのに冷めてしまいますよ」
見た目だけでなく性格も素晴らしい!
そんな風に気遣える優しい子で、お姉ちゃんは嬉しくて嬉しくて──。
おっと、これ以上は何も進まなくなってしまう。切り替えないと。
「そうだね、じゃあそろそろ食べようか。いただきます」
「いただきます」
さて、いつもの私ならさっさと食べ終わらせるのだけれど、今日はシスタがいる。
せっかくシスタがいるのに普段通り食べる? ノンノン、そんなもったいないことしないしない。
今の私の状態をフル活用するシスタにできる最大限の甘え、それは!
「あー、痛い、痛いなー。傷が痛いなー。せっかく美味しそうな食事が目の前にあるのに、これじゃあ食べられないな〜。シスタが食べさせてくれたらどれほど美味しく食べられるか」
ちらちらとわざとらしくシスタの方に目線を配る。
ぶっちゃけ傷なんて足以外治ってるし、足もクソ苦い薬のおかげか痛みは然程ない。
ニーファはそのことを分かっているから、やれやれみたいな顔をしている。
「仕方ありませんね」
シスタはそう言って、自分の食事の手を止めて私に食べさせ始めた。
どうせならシスタが使っていた食器が良かったけど、そんなこと言ったら本格的に気持ち悪く思われるから言えない。
しかし、それにしても幸せ。シスタがこうしてくれるなら一生怪我していても良いや。
「ご馳走様でした。おいしかったよ。ありがとうシスタ」
「美味しく食べれたのなら何よりです」
今度は静かにシスタの食事を見守る。
いつもと同じように目を輝かせ、口に入る量をまだ見極めきれてないのか、頬を少し膨らませた可愛い食べ方。
そんな可愛いシスタを、他のことに気を散らさずに眺めることができるのは本当に夢のようだった。
「シスタ」
「はい」
「美味しい?」
「はい!」
「なら良かった」
私はシスタの頭を撫でる。行儀が悪いかもしれないけれど、今まで離れていた分、ほんの少しでも取り戻そうとしてしまう。というか、今更行儀なんて言ってられないほどシスタの前で失態を犯してる気がする。
「ご馳走様でした」
シスタは手を合わせて、丁寧に食事を終えた。
「少し休む? それともどこか行きたい場所とかある?」
「行きたい場所……。あ、あの、それでしたら書物室に行ってみたいです!」
「良いよ。行こうか」
シスタが読んだことある本は、私が持ってきた児童書ばかり。だから、自分で読みたいものを読んでみたいのだろう。
だけど、私としてはシスタが本に夢中になってしまうと話せなくなってしまうからちょっと悲しい。