ラウザ・ロジャー②
二年後、ようやく剣術の許可が降りた。どうやら、姉様が進言したこともあってのようだ。本当に感謝している。
「ラウザ・ロジャー様、よろしくお願いします」
僕の先生は近隣国の貴族と一部の平民が通う学園で剣術を教えている内の一人らしい。
「お願いします」
姉さんの特訓を見ていて少し覚悟をしていたが、思ったよりもずっと楽で少々拍子抜けだった。本当にこんな特訓で強くなれるのかという不安と、僕には才能があるから楽に感じるんだという驕りがあった。だから、調子に乗って姉さんに手合わせをお願いした。勝てはしなくても手強いと思ってもらえるのではと思っていたから。
結果は惨敗だった。姉さんを立ち位置から動かすことすらできず、たった一振りで決着がついた。そのことが悔しくて、納得できなくて、先生と執事に八つ当たりをした。姉様に泣きついた。そして、姉さんと同じメニューの自主練をこなそうとした。
「外に行かれるのですか⁉︎」
「庭だよ」
「な、何をされるのですか⁉︎」
「走るんだよ。別にいいだろ、姉さんだってしていることだ」
「昨日もそう仰られて、ひたすら階段を走って上り下りしていたではないですか。顔色も悪いですし、きょうはお休みなさらないと」
「姉さんは毎日やっている! なら僕も毎日やらないといけないんだ! ほっといてくれ!」
庭に出ようとする僕の手を執事が掴んで離してくれない。姉さんだったら振り解けるのに、僕にはその力すら無い。何が、強くなったら姉さんは見てくれるだ。こんなんじゃ、姉さんは僕を見てくれない……。
「どうされましたか?」
「ああ、メドーさん。実はラウザ坊っちゃまが──」
執事に色々聞いた姉さんのメイドが、僕に目線を合わせて話しかけてきた。
「ラウザ様が知らない頃のヴィリアラ様の話ですが、ヴィリアラ様も剣術を始めたての頃は筋肉痛に苦しみ、休息日を作っておられたのですよ。シスタ様と会う時間以外はずっとベッドの上で過ごされ、お手洗いに行くにも自分の足で行こうとせず、使用人に抱かれて向かっていたのです。体が追いつくようになってきた頃は少々不満気だったのも印象的です。ヴィリアラ様はああ見えて真面目ですからね、休みたくても理由が無ければ休めないのですよ。今はさまざまな方法で自主練を行っていますが、きっと自分が飽きない為に、嫌にならない為に意識せずとも追求した結果では無いのかと私は思います。ですからラウザ様もご自身のペースで無理なくやりましょう。ヴィリアラ様曰く、自分に合った方法でなければ意味がないらしいですから」
いいな、この人は。姉さんが真っ直ぐ見ている数少ない人物の一人、だからこの人も僕の気持ちは理解できない。
過去にさりげなくではあるが、姉さんに見てもらえていないということを何人かに言ったことがある。でも、皆まともに取り合ってくれなかった。それもそうだ、その人たちは全員、姉さんに見てもらえていないんだから。見てもらえている感覚が分からないんだ。じゃあ、この人は? この人は何て言うんだろう。姉様には余計な心配を掛けたくなくて言えないが、この人なら迷惑をかけても別に構わないし、もしかしたら姉さんにさりげなく伝えてくれるかもしれない。
「姉さんのこと、よく見ているのですね」
「ヴィリアラ様のメイドですので」
「姉さんもあなたのことを大切に思っていますよね」
「ラウザ様が仰るのならそうなのでしょうね。メイドとしては、主人にそう思って頂けるのは光栄です」
「羨ましいですね。僕は姉さんに見てもらえていないので」
僕がそう言うと、メイドは少々考え込んだ。
「見ていないというのは、具体的にはどのような感じでしょうか?」
そう返してきた人は初めてだった。だから少し期待した。
「僕を一番に見ていないというか、その、僕といてもずっと別のことに気を散らしていて……」
「なるほど。……ラウザ様をここにずっと立たせてしまう訳にもいきませんので、まずはどこかに腰を下ろしましょう。お話は私が聞きます。その代わり今日の自主練はお休みしていただけませんか?」
さりげなく誘導され、僕は自室に戻った。




