教師の誘い
ラウザに嫌われてから数日どころか年を跨いでしまった。
「相変わらず心が乱れてますね〜。うーん、よし!」
ソルシーがハイテンションな時は碌なことがない。本当に。一体何に対してよしと思ったのだろうか。こちとら昨日は教官に、今日はソルシーに魔法でボコボコにされたんだ、もし変な事言われたら私の心が持たないよ。
「そんなにラウザ坊っちゃまのことで悩むなら、いっそのこと他の事に目を向けましょう!」
「他の事?」
「はい! 実は私の知り合いに魔法を教えている人がいるのですが」
そりゃそうだろうね。
「その人は個別に魔法使いを雇えるわけではないけど、子どもに魔法を教えたいというちょっと裕福な家庭の子どもや、魔力が出るようになっちゃって制御に困っている平民の子に魔法を教える教室を趣味で運営しているのですけど、ほぼボランティアみたいなものなので、教師が足りないらしいのです」
「はぁ……。ソルシーも手伝えば?」
「嫌ですよ。ほぼタダ働きと変わらない低給じゃ働きませんよ。ここくらい出して自由にさせてくれれば是非とも働かせてもらいますがね!」
うちはそんなに好待遇なのか。
「それで、何が言いたいの?」
「ヴィリー様の魔法の実力は私と比べたら天と地の差がありますが」
教官といいソルシーといい、本当に余計なことを言ってくる。
「魔法使い全体ならもう職にできるレベルなので、そこで先生をしてみませんか?」
「え〜。それってソルシーの授業とは別でしょ〜」
「もちろんです! 私の指導がなければ魔法は上達しませんからね! それに、ここは私の大事な稼ぎ場ですし、そう易々と辞めませんよ! それに聞いてますよ、いつもちゃんと自主練しているらしいじゃないですか! その時間を授業に当てるだけです!」
「でもね〜。いきなり大勢を教えるのはちょっと……」
「教えると言っても、ヴィリー様はあくまで補佐ですから。それに、ヴィリー様と同い年の子達みたいなので大丈夫ですよ。もし何かあっても魔法で黙らせればいいですし!」
何さらっと恐ろしいこと言ってんだこの人は。まあ、元々魔法を習い始めたのってシスタに教えることが目的だったし、生徒達を練習台として活用すると考えたら悪い話ではない気がする。それに、屋敷から出れば多少なりともラウザを気にすることも軽減されるでしょう。
「分かった、やるよ」
「そうこなくては! では、私からはこれを授けます!」
ソルシーが私の目の前に差し出したのは白いローブだ。
「何これ?」
「魔法使いの正装です。魔法使いは杖の動きを悟られないようにすることが大切なので、ローブなどで身体を隠すのが鉄則なんですよ。あとは近接に持ち込まれた時用に短剣を忍ばせたりとかしますね。私は今教える立場にいるので着ていませんが、普段は着ていますよ」
そういえばこの世界の物語に出てくる魔法使いもローブは羽織ってたな。我が家の魔法部隊は普段メイドとか執事に扮しているから考えもしなかった。
「ありがとう。それにしてもこれ良い素材だね」
「いや〜私も思い切りましたよ」
しかし、それにしては作りが荒い部分がある。まさかとは思うが、いや、ソルシーならやる。
「ねえ」
「はい!」
「もしかしてこれ、ソルシーが宮廷魔法使い時代に身につけていたローブじゃない?」
そう言うと明らかに顔を逸らした。
「当たりだね」
「だ、だってだって〜、もし下手に捨てて取られたり、向こうにバレたら大問題なんですもん! それに、生地は上質だからお金に困ったら裁断して売ろうかと思ってたんです!」
「……これ着たら私が問題に巻き込まれるようになるんじゃ……」
「それは大丈夫です! 私も向こうに見つかると色々と不都合なので、そういうのはちゃんと気をつけてます!」
本当にこの人は一体何をやらかして逃げてきたのやら……。気になるけど、巻き込まれそうな気がするからもう聞かないようにした。
「とにかく、大事に着てくださいね! 私の非常資金だったんですから」
「はいはい」
「ちゃんとヴィリー様用に大きめに作ったんですからね! ヴィリー様杖を振る時の動作がちょっと大きいので、手練れの魔法使い相手だと見切られちゃって歯が立ちませんし」
「私教えに行くだけなんだよね?」
「最近人攫いが多いんですよ。大人でも女性や弱そうな男性は正直危ないですし。なので、護衛が付くとはいえ屋敷の外では油断禁物です!」
「そうなんだ。とりあえずはありがとう」
「どういたしまして!」
こうして、やや強引気味に魔法教師の補佐をすることになった。そう、補佐のはずだった。




