真意
魔法の疲れも取れず、さらには急いで準備をしたせいで、特訓前にも関わらずかなり疲弊していた。しかも教官もソルシーに色々言われて不機嫌なのもあり、普段以上の厳しい特訓となってしまった。
「スクワットが終わったのならさっさと走ってこい! 昨日よりも早く、一定の速度で走れ! 体の軸がブレればその分剣もブレ、隙が大きく生じる! さあいけ!」
「何周ですか?」
「俺が止めと言うまでだ! 口を開いている暇があったらさっさと走れ!」
「サーイエッサー!」
といっても、キツイなー。腕立て、腹筋、スクワットそれぞれ五百回ずつ。未だに魔法のダメージも残ってるし。私まだ五歳だよ、女の子だよ、せめてもう少し歳重ねてからやるメニューでしょこれ。
「もっと速度を上げろ! 簡単に斬られるだろ!」
「サーイエッサー!」
まずい、風で目に埃が。ただでさえ目がしょぼしょぼしてるっていうのに。
「あ、うわ」
「何休んでんだ! 早く立ち上がれ! ここが戦場ならもう死んでるぞ!」
「さ、サーイエッサー」
あれ、腕に力が入らない。教官が近づいてくる。立たなきゃ、立て、私。
「いつまでサボってる!」
「す、すみません教官!」
入らない力を無理やりいれてその反動でまた走り出すが、一度崩れたフォームのまま走り出してもうまく走れず、そのせいで息も整えられなかった。それがトリガーとなったのか、ずっとこの生活を続けていた私の体はとうとう限界を超えてしまい、目の前がテレビを消した時のようにプツッと暗くなった。
「──のに!」
「──らだ!」
「──すよ!」
何? またいつもの前世? もうやめてよ、見たくないし聞きたくない。……前世?
「特訓!」
思いっきり体を起こすと、ニーファと思いっきり頭をぶつけてしまった。
「いった〜。わっ、ニ、ニーファ大丈夫!? 怪我してない!?」
「だ、大丈夫です。ヴィリアラお嬢様こそお怪我はありませんか?」
ニーファは顎を抑えて痛そうに崩れた笑顔を見せながら聞いてきた。
「私は大丈夫だよ。それより口開けて」
「何かありましたか?」
「いいから!」
顎を強打したのなら、口内を噛んでしまっている可能性がある。そうなると口内炎ができてしまうから、少しでも小さくするために傷塞いで口を濯がせにいかなければ。と思ったけど、見た感じは大丈夫そうで安心した。
「口切ったりしてない?」
「していませんよ」
「そっか、良かった。ごめんね、急に起き上がったりして」
「いいえ、私こそ気づかずぶつかってしまい申し訳ありません」
「いやそんな……って、こんなことしてる暇ない! 早く特訓に行かないと!」
「特訓は中止だ」
そんな声が聞こえて血の気が引くのを感じた。
「きょ、教官……」
「倒れたくせに何が特訓だ。ガキは自己管理もできないのか」
「すみませ──」
「先ほども言いましたが、いくらなんでも度が行き過ぎた指導だと思われます」
「ニーファ」
私がそう零すと、ニーファはこちらを見ずに、けど安心させるように私の頭を撫でている。
「何も知らない奴がごちゃごちゃと」
「たしかに私には剣術の心得はありません。しかし、夕食中や入浴中に眠ってしまわれる生活を続けさせるほどの訓練量はどう考えても異常です。しかも、たまに様子を見させてもらうかぎりでは、未だに剣を握らせてないみたいですが、一体どういうことでしょうか」
「そうだそうだー!」
ソルシー、お願いだから余計なことは言わないでよ!
「それをこなすと決めたのはそいつだ」
「まだ五歳の子どもですよ! たしかにヴィリアラお嬢様は五歳にしては十分過ぎると言ってもいいほど賢く大人びていますが、それでもまだ世を知らない子どもです! そんな何も知らない子どもが大人の意見に従ってしまうのは当然のことです!」
「そうそ──え、お嬢様?」
ソルシーが目を見開いて私を見ている。流石に空気を読まずにニーファに聞くなんてことはしていないけど。
「俺が聞く限りでは、剣術をやりたいと言い出したのはそいつだと。剣の元に男も女も大人も子どもも関係ない。剣士であれば当然のことだ」
「ヴィリアラお嬢様は剣士ではありません」
「……分かった、なら俺は任を降りる」
教官が本当に出て行こうとしているので、私は慌ててベッドから降りて服を掴んだ。
「ま、待ってください」
「なぜ止める。俺が辞めればもっとお前を気遣う教官がくるだろう」
そんなことになったらまた一からでしょうが! とは言えない。
「剣術を教わりたいからです、教官に!」
「なぜだ。なぜ教わりたい、なぜ剣を振りたいと思った。お前に聞いている、クソガキ。お前の返答次第で俺はここを去る! お前の気持ちを話せ!」
まるで鬼のような険しい顔。嘘を言ったら許さないという優しさのない顔だ。
「大切な人を守るためです」
「なんだ!」
「大切な人を守るためです! そのためだけに私は剣を振るいます! たとえ相手が弱者であろうと強者であろうと関係ありません! 大切な人を守るためだけに剣を振るう必要があるのです! そのためには、子どもの私にも容赦ない教官が必要なんです!」
叫び切ったあと少しの静寂が流れた。
「はっはっは!」
と大きな笑い声を響かせて静寂を破ったのは教官だった。教官は顔つきを変えてドアを開くと、こっそり様子を伺っていた父親の肩を軽く叩いた。
「お手上げだ。申し訳ない旦那様、こいつは無理だ。どんなに厳しくしても音を上げない、目標もある、しかも取ってつけたようなもんじゃない、固い意志だ。何より、ここまで追い込んだのにも関わらず俺を必要と言ってくる変わり者。諦めさせるのは不可能だ。それに何より、俺が気に入っちまった。旦那様、これはもう受け入れるしかないありませんよ」
「そうか。ここまでやってくれてありがとう」
父親は諦めたような微笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
「ど、どういうことですか?」
「簡単に言えば、厳しくしごいてお前に剣術をやりたくないと思わせるよう旦那様に言われていたんだ」
「なんでそんなこと……」
「令嬢の方が良いって思わせるためだよ」
つまりこの格好をやめさせるためか。
「けど、そこまで意志が固いのなら父さんももう何もしないよ。まあ、これで心置きなくヴィリアラのことを見守れると考えると後悔はしていない。今まで無理をさせてすまなかった」
「いいですよ、気にしてませんし。ところで、ニーファも知らなかったの?」
「はい、私も何も聞いていません」
「ヴィリアラは鋭いから、少しでも気づいてしまう可能性を考慮して誰にも教えなかったんだ」
ニーファが目で私にくらいは伝えてほしかったって言っているのが分かるくらいだしね。
「え、あ、えーっと、よく分かりませんがこれで一件落着ってことですか? なら良かったです。一週間とは言いませんが、三日はしっかり休ませてあげてくださいよ」
「分かってる、俺だってプロだ。教え子の体調くらい見極められる。それに、今週はもう終わりだ。旦那様の計画も失敗だしな、来週からは家から来るから週三だな」
「えっ」
「俺にだって家庭がある」
え、あーそうだよね。結婚してるよね。……ソルシーには何も言わないでおこう。
「それじゃあ改めて、よろしくお願いします、教官」
「ああ。ムッシュ・サベルの名に誓って、お前を立派な剣士にしてみせる」
今までの教官はどこへやらと言った顔つきだ。頭もわしゃわしゃと乱雑に撫でてくるし。
「おっさんに撫でられても嬉しくない!」
「なんだと! ならもっと撫でてやる」
「やめろ〜!」
「はっはっは」
はっはっはじゃないよこのおっさんは。
「……よくよく考えると、私はわざわざヴィリー様の体調を気遣ってあげたのに、旦那様とこの人の間の秘密の締結のせいでこの人に散々罵られたってこと?」
「その件はすまなかったな。ただそっちも俺に散々言ってくれたようだが」
「侮辱されたのですから言い返しますよ」
「そんなんだから魔法使いは婚期を逃すとよく言われるんだ」
「剣士だって結婚しても家庭を放棄するなんてよく言われているではありませんか」
まーた始まったよ。父親が間に入っているし、私はシスタにでも会いに行こっと。
「ヴィリアラ様のことを伝えに来てくださったのはソルシー様なんですよ。珍しく不安そうな顔を浮かべていらっしゃいました。今度ちゃんとお礼を言いましょうね」
シスタに会いにいく道中でニーファがこっそり教えてきた。
そっか、ソルシー心配してくれたもんね。いつもあんな感じだけど、ちゃんと気にかけてくれてたんだ。人の話は聞かないけど。
「来週言っておくよ。ニーファもありがとう」
「いえ、私はやるべきことをしただけですから」
「それでもだよ」
今日はようやく念願叶ってシスタと一緒に寝ることができて幸せだった。
ムッシュがこの作品初の男性ネームドキャラになるとは思いませんでした。




