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リシア③

 間も無くして先生がやってきた。

 軽い挨拶と、式は別日にやる事を伝えられると、すぐに次の事に移った。

 実践の選択授業を決める事になり、紙を貰ったけれど、早速困ってしまった。


 私は平民。インクを使うペンなんて持っていない。

 持っている物は、植物から取れる有色の液を動物の毛と木で作った筆に染み込ませて使う、ペンとはいえない文具。

 書き記す物は使わなくなった古い布など。

 教室には持ってきていないから何も書くものがないし、そもそも持ってきたところで使えない。

 どうしよう……。


「ペン、持っていなかったりしますか?」

「え、いや、その……はい」

「私のでよければこのペンを使ってください。私は他にも持っていますから」

「ですが……」

「気にしないでください」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

「どういたしまして」


 息子様の妹様だけあって、とても優しい人。

 私が横に座る事を嫌がるどころか、席を移っていただいたし、こんな高価なペンも平民である私に使わせてくれるなんて。

 絶対に何かお礼しなくちゃ! でも、私が出来ることで喜んでくれることなんて……。

 ……あ、料理。貴族の方だし、良い物たくさん食べているでしょうけど、きっと平民の食事は口にしたことないはず。

 ここで作った物なら、衛生面で嫌がられることもないと思うし。

 うん、料理を振る舞ってみよう。

 あ、でも、材料どうしよう?


「──まだ決まらなさそうですか?」

「え、あ、すみません! お願いします!」


 ──ああ、今日の私ダメダメ。全然周りが見えていない。

 他をあまり見ずに料理に丸をつけたけど、大丈夫かな?

 息子様や妹様は何を選んだのだろう?

 余計なことばかり考えずに、聞いてみればよかった。

 私を煙たがる人ばかりだったらどうしよう……。


「あ、あの、すみません、選択授業、何を選びましたか?」

「私ですか?」

「は、はい」

「私は音楽です。他はできなくて、必然的に音楽しか選べるものがなかったのです。えっと、リシアさんは何を選んだのですか?」

「私は料理です。私も料理しかやったことがないので、それしか選べるものがなくて」

「料理、良いですね。お兄様がよく色々と作ってくれるのですが、いつも楽しそうに何を作ろうか、どう作ろうか考えているので、きっと楽しい授業になりますよ」


 ……貴族の方が、料理?


「さ、先ほどの方ですか?」

「はい」

「男性で、それも身分の高い方も料理ってされるのですか? あ、すみません、変な意味ではなくて」


 妹様は少し焦った表情をした。


「あ、すみません、今の内緒にしてもらってもいいですか? 私、こうして家の人以外と話すのが初めてで。つい楽しくなって話しすぎちゃいました」

 

 その笑顔が何とも愛らしくて、息子様が彼女を目にかけるのが分かる気がした。


「大丈夫ですよ。そう言ってもらえて嬉しいです。私も母以外と言葉を交えたことがあまりなかったので、シスタ様の気持ち、分かります。今すごく楽しいです」


 シスタ様は一瞬驚いた表情をしたものの、再びあの愛らしい笑顔になった。


「ありがとうございます」


◇◆◇◆◇


「シースタ! 帰ろ!」


 シスタ様と会話をしていると、息子様が意気揚々とシスタ様に話しかけた。


「おい!」


 しかし、第三者の声がするや否や、息子様はあからさまに不機嫌な顔をした。

 息子様はしばらくその男性をあしらっていたが、シスタ様の一声で、きちんと対応する事に決めたよう。

 それでも不服そうなのは見て分かってしまうけれど。

 でも、その不服が明らかな怒りに変わってしまった。

 おそらく、男性にとっては何気ない一言だったのでしょうが、息子様にとっても、シスタ様にとっても、それは禁句だったようで、息子様は静かに、しかし本気で怒り、シスタ様はトラウマでもあったのでしょう、激しく動揺し、身体的にも影響が出ていた。

 私もパニックになり、とにかくどうにかしないとと、シスタ様に必死に声をかけていたことだけ覚えている。

 シスタ様は息子様の励ましによって、どうにか落ち着き戻し、私も少し安心した。


「──リシアさんも、シスタのことを励ましてくれてありがとう」

「そんな、私は何もしていません」

「そんなことありません。お兄様の言葉はもちろんですが、リシアさんの言葉にも随分と助けられました、ありがとうございます」

「あ、いえ、その、お力になれたのなら良かったです」

 

 本当にただ必死で、何をしていたのかあまり覚えていない為、お礼を言われると申し訳なくなってしまう。


「リシアさん、こんなこと私が頼むのは違うと思いますが、もしよろしければこれからもシスタと仲良くしていただけませんか? 私としてもシスタの側にリシアさんがいてもらえると心強いです」

「そんな! むしろ私がお願いする側です! その、私こそ仲良くしてもらえると嬉しいです」


 シスタ様は、どう思っているんだろう?

 

「私もリシアさんと仲良くできたら嬉しいです」


 その言葉に安心した。シスタ様ならきっと、本当の友達になれると思うから。


「ありがとうございます! よろしければさんなどつけず、気軽にリシアと呼んでください! ヴィリアン様も! 私は平民ですので敬語も必要ありません!」


 あ、つい勢いで名前を呼んでしまった。大丈夫かな? 馴れ馴れしいって思われないかな?


「じゃあ遠慮なく。よろしくね、リシア」


 大丈夫そう。良かった。


「はい! よろしくお願いします!」

「私はその、ちょっとずつ慣れていきますね。え、えっと、リシアちゃん。その、私のことも気軽に呼んでくれたら嬉しいな」


 気軽? 平民の私が公爵家の方に気軽に接する?

 私、首刎ねられたりしないよね?

 でも、言葉に反く方が重罪だったりする……かな?


「じゃあ、えっと、シスタちゃん」

「はい」


 良かった、間違っていなかったみたい。

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