魔法の時間
次の日、ようやく魔法の先生がやって来るとのこと。訓練の方は私の体調を鑑みてお休み。ほんと助かったよ。全身筋肉痛だから。
私はニーファが頑張って洗濯した男の子用の服を着て、例の教室で待機している。
「初めまして〜。すみません昨日来れずに。……てあれ? 話によればヴィリアラというお嬢様の教師をするとのことでしたが」
いかにも魔法使いという感じのローブを着用し、緑色の髪に赤い目をした、ニーファとティディの間くらいのこの女性がどうやら私の魔法の先生のようだ。しかし、大丈夫かなこの人。すっごい私を探してるんだけど。男装してるとはいえここにいるのに。
「あれ〜?」
「は、初めまして、私がヴィリアラ・ロジャーです。訳あってこのような格好をしていま──」
「わぁー! 初めまして、ヴィリアン坊ちゃま! そっか、スティーディアは綴りを間違えていたのね。きっと眠たい時にでも書いたのでしょう。ほんと、あの子抜けているのだから」
あなたにだけは言われたくありませんよ、きっと。
「私はソルシー。ソルシー・ウィザルド。よろしくね、ヴィリアン坊っちゃま」
「いや、あの、私おん──」
「さぁ! 遅れた分を取り戻しましょう! 最初にやることはなんだと思いますか、ヴィリアン坊っちゃま」
この人話聞かないんだけど。まあいいや。ヴィリアン、たしかにヴィリアラのままじゃ名前が女々しいし、その案もらうことにしよう。でも、坊っちゃまだけは嫌だ。
「その前に、坊っちゃまだけはやめてください」
「ええ! 坊っちゃま可愛いじゃないですか!」
「たとえそうだとしてもやめてください」
「もう、仕方ないですね」
この人、私の立場分かってるのかな? それともこの人も高位の爵位を持っている家の出? いや、それにしても失礼すぎる。ま、これくらいの方が関わりやすくて私はいいけど、他の人ならどうなっていたことやら。
「でしたら、ヴィリー様なんていかがでしょうか? 可愛いでしょう」
「もうそれでいいですよ」
「やったー! それでは、早速授業を始めさせていただきます!」
なんか、どっと疲れた感じがする。
「さてさて、ではまず先ほどの回答をお聞かせください!」
テンション高いな〜この人。
「えーっと、ぞ、属性を知る?」
「たしかにそれも大事な事ですが、ヴィリー様は属性を知るのに必要なものがあることはご存知ですか?」
「え、うーん」
本ではいくつか属性の識別方法が載っていたけど、たぶんこの人が聞いているのはもっと根本的なことだろう。
「魔力ですか?」
「その通り! では早速魔力を出してみましょう!」
「え!? いや、私できない……」
「そのために私がいることをお忘れではないですか、ヴィリー様」
「それは、そうですけど」
ソルシーは机を一つ挟んだところに椅子を置いて座り、自分の手を見せた。
「見えますか?」
「手ですか?」
「手を覆っているものは見えますか?」
「え、うーん」
目を凝らして見てみたが、特に何も見えない。
「いいえ」
「それは、ヴィリー様がまだ魔力を分散させてしまっている証拠です。魔力というものは、属性を加えて魔法にしない限り、普通の人には見えません。しかし、魔法が使える者、もしくは
魔力を操作できるものであれば容易に見ることができます。では、一つ質問です。魔力を操作するにはどうすれば良いかご存知ですか?」
知ってたらとっくにやってるよ。
「いいえ」
「では、このような話を聞いたことはありませんか? 自分自身が危ない時、見えたことのないものが急に見えたり、普段の自分からは想像できない身体能力を披露したなどの話を」
そういうのは前世からよく言われているよね。
「はい、あります」
「それが魔力です。魔力というのはどのような人間であろうと多かれ少なかれ持っているものです。そして、大抵人は身を守ろうとする時、魔力を使って自身を強化したり、導いたりします。ですので、人は知らず知らずのうちに魔力の操作方法を知っているのです。ここまで話を聞いてもらったのです、まずはご自身の考えで魔力を操ってみてください。まずは手に溜める感じで。目の方には自然と魔力が移りますからご安心を。ヴィリー様も、何かが目に飛んできそうになりますと目を瞑りますよね? それと同じです」
「そうですね。とりあえずやってみます」
感覚、魔力は感覚。火事場の馬鹿力とか走馬灯とかそんな感じの力。それを意識的に引き起こす。集中しろ、私。集中するんだ。
「──気持ち悪い」
誰?
「──変人」
誰だ。シスタへの悪口は私が許さない。
「──聞いたぞ、お前──なんだってな。頭おかしいな!」
……シスタにじゃない? 誰に? ……私?
「──」
「──」
「──」
「──」
急に一人ぼっちになった。暗い。何も聞こえない。なんでだろう、すごくはらわたが煮えくり返る。誰だ、誰だ、誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ。私をこんな気持ちにさせたのは、誰だ!
「──ま! ヴィリー様!」
「ソルシー?」
あ、戻ってこれた。さっきのは何だったんだろう。
「ヴィリー様大変です! その魔力を収めてください!」
「え?」
気づくと私の手からは魔力が吹き出しており、それが部屋に充満していた。
「良いですか、深呼吸をしてください。気持ちを鎮めて。ゆっくり、そう、ゆっくり」
何度か深呼吸をすると魔力の吹き出しが止まった。
「良かった。すごいですね、初めてで魔力を出せるなんて。あまり制御はできていませんでしたが」
「なんで、魔力が……。何も知らなかったのに」
「先ほど言ったように、魔力は自身が危ない時によく吹き出します。その原理は心と似ています」
「心?」
「すごく嬉しいことがあった時心は興奮しますよね。逆に嫌なことがあった時は心が沈んだり、ある意味で興奮したりします。魔力もそれと同じです。肉体に応えるのが体力ならば、気持ちに応えるのは魔力なのです。気持ちの制御をするよう魔力を制御します」
この人、教師モードに入るとまともになるんだな。
「じゃあ、今の私は魔力が、感情が暴発したってこと?」
「そうですね」
「私、魔力を出そうとしただけで、何も考えなかったけど」
「うーん、そうですね。何か感情を呼び起こす起因となるような事を知らず知らずのうちに考えていたとかではないでしょうか」
起因……走馬灯を思い出そうとしたのかな。それなのかな?
「とりあえずはヴィリー様が魔力を操作できるようになりませんと次に進めませんから、先ほどの感覚を上手く制御していきましょう」
「そうだね」
魔法習得も長くなりそう。
ティディは二五くらいです




