世渡幸望④
あの日から半年、相変わらずのストレスはあるが、私は比較的平穏に過ごしていた。
しかし、その平穏はあっさりと崩壊していった。
今思えば予兆はいくらでもあった。
「ねえ、幸望」
「何?」
「幸望は私に迷惑って掛けられる?」
「もう十分掛けているよ。だから、私はこれ以上お姉ちゃんに迷惑かけないようにしたい。お姉ちゃんの事は好きだから」
「そっか……」
「急にどうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
これが、つい先日の出来事だった。
姉の言葉の意図を読み取れなかったせいで、私は姉を失った。
「ただいま」
「幸望! あんた、陽夏の事聞いていない⁉︎」
「え? いや。お姉ちゃんどうかしたの?」
「書き置き残していなくなったのよ!」
母が見せてきた手紙には、家を出るということだけが書かれていた。
「あの親不孝な娘! 娘が無断で出て行ったなんて知られたら私がどれほど恥をかくか分かっているの!」
母親はしばらくヒステリックな状態が続いた。
私だけは逃すものかと、監視が厳しくなり、休日に出かけることは出来なくなってしまった。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき、お姉ちゃんの嘘つき。一緒に家を出ようって言ったのに。どうして……」
──どうして、私を置いていったの……。
母親に聞かれないように声を押し殺して私は泣いた。毎日泣いた。
メンタルがボロボロだった。
一日中監視され、母親も荒れているので、常に気を張っている状態だった。
また、母親も姉がいなくなったのを気に家事をしなくなった。
その事を突くと母親がヒステリックを起こすので、私も何も言えなくなった。
かといって放置をしていると、それも母親のヒステリックの原因になる為、私が掃除をしなければいけなかった。
学校に行く前に洗濯して、料理して、干して、帰ってきたら取り込んで、掃除して、料理して、勉強する。
心の支えであった姉を失くしてからのこの生活。心身ともに限界だった。
たぶん、もう少しこの時期が続いていたら、私は完全に壊れていたと思う。
その前に高校の合格通知が届き、思い通りの人生を歩む私に母も少し安心したのか、監視も緩くなり、家事もするようになった。
どうにか乗り越えられたと一安心するのと同時に、私は心の支えを完全に失ってしまうことに不安を覚えていた。
未来とは高校が別。唯一の友達と離れ離れになってしまう時期が着々と迫っていた。
「幸望〜。絶対遊ぼうね〜。私、幸望いないとやっていけないよ〜」
未来は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「私も、未来と一緒にいたい。絶対また会おうね」
「うん〜。幸望スマホ持ってないの〜? 持ってたら連絡先交換しようよ〜」
「ごめん、携帯自体持ってなくて。でも、私は未来の家知ってるから。どうしても会いたくなったら会いに行っていい?」
「いつでも歓迎してるから〜。……しょっぱい」
未来は鼻水が口に入るとそんな事を口にした。
ティッシュをあげたけど全然拭おうとしないから、わざわざ私が鼻をかませた。
そんな、間違っても良い別れと言えない、ある意味私達らしい台無しなお別れをして、中学を卒業した。
◇◆◇◆◇
高校は中学ほど楽しくなかった。未来がいないから。
未来は部活に入ったり、高校でも友達ができたのもあり、自然と私達は疎遠になっていった。
私だって高校で誰にも話しかけられなかったわけじゃない。
でも、スマホもなく、付き合いも悪く、娯楽も禁じられているつまらない私と必要以上に仲良くしようとする人はいなかった。
そんなぼっちの私も一度だけ告白されたことがある。でも、良いものじゃなかった。
「世渡さん、俺と付き合ってくれない?」
顔も良いし、スタイルも良いし、彼に密かに想いを寄せている女子も少なくはない。
でも私は興味がなかった。それに、何より怖かった。
未来ですら理解できなかった我が家の事情を、こんなぽっと出の男が理解できるはずがない。
そんな人と友達よりも親密な関係になってしまえば、母親がどれだけ荒れるか分からない。
他人恋心より、自分の身の方が大切。だから、振る事にした。
そもそも、振る理由はあれど付き合う理由はないのだから当然だ。
「ごめんなさい」
典型的な一言を述べたが、彼は信じられないという顔をした。
「冗談だろう?」
「本気だよ」
「なんでだよ、俺に欠点なんて一つもないだろ?」
「悪いけど諦めて」
「理由も分からないのに諦められるわけないだろ」
──しつこいな。
「私にとって彼氏は都合が悪い」
少し怒気を含ませながら私は彼を拒絶した。
前世編結構前に書いていたのとふりがなもつけてなかったせいで姉の名前最初読めませんでした。陽夏でひかげは読めるわけない。




