世渡幸望③
数日後、私は未来の家へやってきた。
「いらっしゃい! 待ってたよ〜! さ、入って入って!」
「お、お邪魔します。あ、これ、菓子折り。招待してくれてありがとう」
「え、菓子折り?」
「なんか変だった?」
「いや、真面目だなーって思って。ありがとう。喜んでいただくよ」
──友達の家って初めて。なんか、凄くワクワクする!
「これ、この前言ってた漫画! めっちゃ面白いよ!」
「ありがとう」
早速読もうとページを捲ると、未来が手で見えなくしてきた。
やめろ、私だって続き気になっていたんだから大人しく見せなさい。
「漫画読む前にゲームしようよ!」
「ゲーム?」
「そ。一人じゃつまらないんだよね。どうせなら誰かと一緒にやりたいからさ」
未来は私にコントローラーを渡してきた。
受け取った瞬間、ゲームを起動した。
どうやらパーティーゲームのようだ。
「幸望、気になるのある?」
「え? ああ、じゃあ、この丸太のやつ」
「OK」
最初は不慣れなのもあり、未来にボコボコにされていたが、慣れると私の勝率も良くなってきた。
スゴロクや他のミニゲームなど、時間を忘れて楽しんでしまった。
「──やば! 帰らないと!」
「ありゃ。大丈夫? 幸望の家厳しいもんね」
「ごめんね、今日はありがとう」
「どういたしまして。気をつけて帰ってね」
「うん、じゃあね!」
その日は本屋に寄っていたと嘘を吐き、どうにか誤魔化すことができた。
それから私は休みの日は未来の家で遊ぶ日々を過ごしていた。
それは三年に上がっても変わらなかった。
「そういえばさ、幸望はもう進学先決めたの?」
「うん。前言った所だよ」
「まあ、幸望ならいけるよね。はぁ、私はどうしよう。頭良くないし。勉強はしたくないよ。でも勉強しないとお小遣いくれないし」
「すれば良いじゃん」
「簡単に言ってくれるね。私だって幸望みたいに頭が良ければ勉強なんて苦痛じゃないよ。──ああー! 負けた!」
──私みたいにか。私だって、こんな頭いらないから未来みたいな人生を歩みたいよ。
◇◆◇◆◇
未来は受験期でセーブされている反動なのか、ここ最近ずっとお金が欲しいと嘆いている。
「お金が欲しい〜」
「いつも言ってるよね」
「今年はイベントが多すぎるんだよ! 幸望もお金欲しいでしょ!」
勉強しなよ。受験生でしょ。
というかこの会話、知ってる。
「私は別に」
「相変わらず欲が無いね。何かやりたいこととかないの?」
「無い」
「強いて言えばっていうのもないの? はっきりじゃなくていいから」
「そうだね、強いて言うなら操り人形を辞めたい」
「え? どゆこと?」
「親の言いなりじゃなくて、私の人生を歩んでみたい。だから私は未来が羨ましいよ」
ああ、あの時の答えはこれだったんだ。知ったところで難しいな。
「私は幸望が羨ましいけどな〜。家お金持ちだし、見た目良いし、頭も良いし、運動もできる。全部持ってるじゃん」
──やっぱり、他人にはそう見えているんだ。私やお姉ちゃんの苦労は一切伝わらないんだ。なんか、虚しいな。それに、悔しい──
「どうしたの?」
「いや、何も」
──今、すごく嫌な気持ちを未来に向けた。私、いつからこんなに……。未来は関係ないのに、自分がどんどん嫌な人間になっていく。
「そんなに悩んでるならさ、児相でも警察でも行ったら? 正直私は何もできないし。話聞けるだけだよ」
「……あ、うん。いや、お姉ちゃんともう行ったよ。何の役にも立たなかった。警察は不介入だって言ってきたし、児相はお母さんの元に訪れて色々話した後何もせず帰ってった。もう一回行ったら、子どもの私達に悪いところがあるって決めつけてきた。この国は助けを求める人に不親切なんだよ」
「……なんか、ごめん。軽い気持ちで言っちゃって。でも──」
「気にしないで。未来には関係ないことだし」
「いや、その…………何でもない」
この日はずっと、未来との間に気まずい空気が流れていた。
口調がぶっきらぼうだったり、寄り添おうとした未来を遠回しに突き放したりと散々だった。
無意識に未来に八つ当たりをしてしまっていた。
「どうしてあんな態度取っちゃったんだろう。未来は何も悪くないのに」
帰ってきて早々、私は自室に篭り、足を抱えてベッドに座った。
──羨ましいって気持ちがあったのは確か。私だって、好きな物を目一杯楽しみたい。好きなことの為に悩みたい。どうして私は親のことで悩まないといけないの。どうして。顔も、頭も、運動神経も、お金も全部いらない。いらないから、愛し、愛される家族の一員になりたい。未来が羨ましい。
「……⁉︎ 違う。違うって。未来にこんな気持ち抱きたくない」
嫌な気持ちが私の心と頭を駆け巡っていく。
認めたくない。認めたくなんかない。
私も母親みたいに、自分が望む物以外全てを否定する人間になりたくない。
未来に対してこんな気持ち抱きたくない。
「幸望」
頭に触れる温かい感触と穏やかなその口調が、私を悪循環から引き戻した。
「お姉ちゃん」
「どうしたの? 何か悩み事?」
「……あのね、お姉ちゃん。私、嫌な人間になったのかもしれない──」
姉に全てを話すと、姉は私を抱きしめた。
「幸望は何も悪くないよ。それは普通の感情。むしろ、幸望は今まで良い子すぎたんだよ。良いんだよ、嫉妬しても、八つ当たりしても。でも、未来ちゃんにはちゃんと謝ろうね」
「うん、うん……」
私は姉の腕の中でポロポロと涙を流していく。
「何かあったら私に話して。私なら幸望の全てを受け止めてあげられるから」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
ようやく涙が収まり、私は姉から離れる決意をした。
「あらら、顔が」
姉はティッシュで濡れた顔を拭っていく。
「お姉ちゃん」
「うん?」
「これからたまに、こうして色々話しても良い?」
「良いよ」
「来年も、再来年も、大人になってもこうして話して良い?」
「…………もちろん。いつでも歓迎だよ」
姉のその言葉に救われた。この日初めて心の拠り所ができた気がしたから。




