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世渡幸望②

 月日が経ち、中学生になった。ここでの出会いが私の運命を動かすのだろうと確信している。

 彼女の声は、数少ない前世の断片の中で何度か聞いた声だったから。

 その子は特段容姿が優れているわけでも、勉強が出来るわけでも、運動ができるわけでもなかった。

 勉強は中の下、運動は下の下、カーストは三軍といったところだ。

 普通に過ごしていれば関わることなんてない。

 でも、その子はいじめられていた。姉を見て育った私は、人が傷つけられていることに軽いトラウマのようなものを抱えていた。

 だから、彼女との出会いは必然とも思えた。


「ねえ、やめなよ。中学生なんだから、善悪の区別くらいつくでしょ?」


 放課後の先生がいない教室で、水浸しにされた彼女がいた。


「は? 何?」


 一軍の女子達が私を睨む。


「やめなって言ってるの。聞こえなかった?」

「何? こいつを庇うっていうの?」

「別に。ただ、人に危害を加えちゃいけないって教えてあげてるの」

「何を偉そうに」

「常識を語るだけで偉そうにできるなら、世の中偉い人ばかりだね」

「あたしらを馬鹿にしてるの?」

「常識が通じないなら馬鹿なんだろうね」

「は? ふざけるなよ」


 女子達は私を威嚇するつもりか、囲むように立った。


「何調子に乗ってるんだよ」

「乗ってないよ」

「乗ってるんだよ!」


 リーダー格の女子が私を強く押したが、私は足を少し下げてその場に留まった。


「暴力はダメってさっき教えたじゃん。馬鹿じゃないっていうなら学びなよ」


 私は女子達の間をすり抜けて、いじめられていた少女の元に行く。


「大丈夫?」

「え、あ……」

「はいこれ。濡れたままだと風邪引くよ」


 私は少女にハンカチを渡す。


「あ、ありがとう」


 少女はハンカチを受け取ると、泣きそうな顔をした。

 私はその子を無視して、女子ーズに向き直る。


「はい、これ。何が不満なのかは分からないけど、自分がされて嫌なことはやめておいた方が良いよ。将来きっと後悔する。何か文句あるなら、直接教えてあげなよ。そうすれば、相手も改善しようと頑張れる。それに、せっかくのお小遣いをこんなことに使うなんてもったいないよ。こんなことして、人としての格を下げないで。愛してくれる人が誇れる自分になろう」


 私は千円をリーダー格の女子に握らせてそんなことを言った。

 ちょっともったいないと思ってしまった。


「なんだよ、ちょっと顔が良くて、ちょっと頭が良くて、ちょっと運動ができるくらいで偉そうに」

「私とあなたの差がちょっとなら、あなたは私を超えられるよ。私はこれ以上頑張ってもあまり伸び代がないからね」


 そりゃ毎回満点取ってるやつがそれ以上の点を取れたら怖いわ。


「嫌味?」

「別に。じゃあね。馬鹿じゃないっていうなら少しぐらい私の言ったこと考えなよ」


 私はそれだけ告げて教室を出て行った。


◇◆◇◆◇


 次の週、学校に行くと、少し空気が変わっていた。でも、悪い変化ではなかった。


「世渡」


 女子ーズが話しかけてきた。


「何?」

「これ」


 リーダー格の女子が差し出してきたのはこの前渡した千円だ。


「…………?」

「あーもう鈍い! 返す!」

「え、別にいらないけど」

「いいから!」


 そう言って無理やり机に叩きつけるように置いた。


 わざわざ返すなんてもったいない事をと思った。

 私、転生してケチにでもなったのかな? お金に困ったことはないはずなのに。


「どうしたの? 昨日の今日で」

「別に!」


 わけもわからないまま、とりあえず千円札を財布の中にしまう。

 女子ーズはいつの間にかいなくなっていた。


「あ、あの、世渡さん」


 次に話しかけてきたのはこの前いじめられていた少女だ。数日で随分と容姿が変わったな。


「どうしたの?」

「あの、これ、ありがとう。あ、ちゃんと洗濯してあるから!」


 昨日のハンカチをわざわざ返しにきたようだ。


「ありがとう。えっと……」


 ──名前なんだっけ?


 さあ? 幸望が分からないなら知らない。


「持生、持生未来(もちきみらい)

「ああ、持生さん。ごめんね、今覚えたからもう忘れないよ。それより昨日大丈夫だった?」

「あ、うん。その、不潔感があったのが嫌だったみたいで、思い切って髪型とか変えてみたの。すごいね、髪をストレートにしてコンタクトにするだけでこんなに変わるんだね。えっと、その、何を言いたいかというと、ありがとう」

「どういたしまして」


 それから、彼女とは話す機会が増えていき、いつの間にか、友人と呼べる存在になっていた。


「ねえ幸望、この漫画良いよ」

「そうなの? 読んでみるよ」


 私達の休み時間の過ごし方は、こんな感じで未来が勧めてきた漫画をその場で読むというのがほとんどだ。


「あ、予鈴。ありがとう、結構面白いね」

「でしょでしょ! 気に入ったなら全巻貸すよ!」

「ごめん、流石に親にバレた時が怖いから」

「幸望の家って本当厳しいよね」

「そうだね……」


 ──厳しい通り越して異常だよ。


 漫画なんて見つかった日にはしばらくは母親のヒステリックが収まらないだろうね。あと、普通に漫画燃やされそう。


◇◆◇◆◇


 一気に時は経ち、中二の冬。

 相変わらず私は未来と一緒にいた。


「ねえ幸望、今度の休み私の家に来ない? そしたら漫画読めると思うんだ」

「え、いや、その」


 ──休みの日はお母さんがいるから、外、出られないな〜。


「ごめん……」

「図書館に行くとでも嘘をつけば良いのに。幸望って真面目だね」

「嘘?」

「うん。私だってしょっちゅう親騙して出かけてるよ。ライブとかは中々許してくれないから」

「嘘、ついてもいいのかな?」

「良いに決まってるじゃん! たまには息抜きも必要だよ!」

「そっか、嘘。うん、つく。嘘つく。遊ぼう、未来!」


 ──そうだよ、嘘つけばいいんだよ! どうして今まで気付かなかったんだろう? ま、いいや!


 その日は珍しくワクワクした気持ちで帰宅した。


「お母さん、今度の休日図書館に勉強していってもいい?」

「良いけど、どうして? 勉強なら家でできるでしょう」

「使いたい参考書がたくさんあるの。だから、図書館で勉強したいなって」

「そういうことなら行ってきなさい。ほんと、幸望はこんなにしっかりしているというのに、あなたという人は。まだ名の知れた大学だからお金は出してあげているけれど、まともな会社に就職しなければ、お金は返してもらいますから」

「ん、うん。大丈夫、手応えはちゃんとあるから」

「本当に。銀行員で妥協してあげているのだから、落ちたなんて私に恥をかかせるようなことしないでよ」

「うん……」


 姉は私から見ても暗い顔をしていた。

 母親は気づいていないようだけれど。

 幸望もそれに気づいていたのか、寝る前に姉の部屋を訪れる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「何が? 大丈夫だけど。それより幸望、あのね──」

「何?」

「……ごめん、忘れちゃった。気にしないで」

「あ、うん」


 分かりやすい誤魔化しだが、それ以上追求することはなかった。

世渡って名字の方はいますが、持生はいないらしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] え、幸望ちゃん天使。 現実のいじめもこんな簡単に解決すれば良いのに。
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