ロジャー家のメイド
モブメイド視点です。
ロジャー家に仕えて十年。
いつの間にか、新人からベテランへと成長していた。
婚期を逃して入ったのも影響しているのかもしれない。
若くして入った子の大半は嫁いでいるから。
でも、ある理由でここに残る子もいる。
それは──
「ああ、いいですよ。上の方は私がやります」
ヴィリアラお嬢様がいらっしゃるから。
お嬢様なのに見た目も心もかっこよく、心を射抜かれているメイドは数知れず。
せめて認知してもらえるようにと頑張る子もいるくらい。
ヴィリアラお嬢様が家事をなさるようになってから、本当に使用人、特にメイドの士気が今までと比べものにならないほどあがり、とても感謝している。
でも、家事を勝手にやり始めた時は流石に大変だった。
「ヴィリアラお嬢様⁉︎ 一体何をされているのですか⁉︎」
「何って、掃除だけど」
見れば分かるでしょと言いたげにヴィリアラお嬢様はそう仰り、思わず頭を抱えてしまう。
そうしている間にもヴィリアラお嬢様は勝手に掃除を再開している。
その姿を見て、今日の平穏はこれで終わったと思わずにはいられなかった。
私の想像通り、ヴィリアラお嬢様のことはすぐにお付きのメイドのメドーさん、そして奥様へと伝わった。
「ヴィリアラ様、奥様がお呼びです」
「やばっ」
ヴィリアラお嬢様はメドーさんから逃げるように走り去っていきましたが、その後に響く奥様の怒号から、捕まってしまったことが判明した。
ヴィリアラお嬢様が呼び出されている時は皆、奥様の部屋のある階に自然と集まる。
理由はただ一つ、野次馬精神。
「何が特訓ですか! 特訓なら別の方法でやりなさい! 何故家事や料理、庭の手入れなどで鍛えようとするのですか!」
家事だけでなく、ヴィリアラお嬢様は色んなことにも手を染めていらしたよう。
奥様の声から、今日は長くなると察するのと同時に、こちらもより一層気を引き締めなければと思わされる。
「家事を特訓って、ヴィリアラお嬢様は何をお考えになっているの? 本当に特訓だと思う? もしかして、私達の家事が不満だから、ヴィリアラお嬢様自らが出向いたとか」
「もしくは、妹様の為に人員削減とか……」
そんなわけないと断言できるようになるほど、私は長くこの家に務めているのだと思うようになった。
そもそもヴィリアラお嬢様の奇行はこれに限ったことではない。
むしろ今まで大人しかったくらいだ。
でも、私もまだ務めて間もない時にヴィリアラお嬢様が男装なされた時は、気が狂ったか、シスタ様との結婚など企んでいるのではと思った。
実際は本当にシスタ様を守る為だけだったのだけれど。
ヴィリアラお嬢様はこのように、偶に奇想天外な事をなさる。
それが働く上での楽しみでもあり、頭痛と胃痛の原因でもある。
ヴィリアラお嬢様が奥様に叱られた日に皆頭痛薬と胃痛薬をもらいに行く異常事態も日常に成り下がっている。
そんなヴィリアラお嬢様は、翌年はラウザ様と不仲になり、それがきっかけで魔法の教師を始めた。
それからしばらくは特に何もなかった。
強いていうならば、ヴィリアラお嬢様の剣術が認められたくらい。
嬉しそうに剣を見せびらかすヴィリアラお嬢様は今でも印象に残るほど。
ヴィリアラお嬢様の日々を見てきたからこそ、本当に自分の事以上に嬉しい日だった。
それからしばらくして、ラウザ坊っちゃまも剣術を始められた。
そして数年後、ヴィリアラお嬢様とラウザ坊っちゃまはようやく和解なされた。
本当にお二人とも仲直りされて良かったと心の底から思う。
ラウザ坊っちゃまが屋敷を抜け出したり、ヴィリアラお嬢様が衰弱して帰宅されたりなど色々あったのもあり、本当にもうあんな怖い思い、二度としたくない。兄弟仲良く過ごしてほしいと心底思う。
そしてまたしばらくは何もない日々が続いた。
このまま何事もなく学園に行かれることを使用人一同望んでいた。
しかし、虚しくも叶わなかった。
それはとある日の昼下がり。
襲撃されたのではと思うほどの大きな音が屋敷中に響いた。
音の発生源から近かった私は、現場に走って向かった。
そこには青ざめたヴィリアラお嬢様と氷、散らばった窓の破片。
そこで全てを察した。
今夜のメニューは胃に優しい物にしてほしい。
「な、何やってんの姉さん!」
ラウザ坊っちゃまもたまたま近くにいたのか、飛んでやってきた。
「い、いや〜その、空を飛ぶ練習をしていたらコントロールを誤って、それでその、こうなりました」
「何度も危ないからやめろって言っただろ!」
「ロマンは止められないんだよ!」
「何意味わからないことを言っているんだ! 僕知らないから! お母様に言ってくるから!」
「え、ちょ、ラウザ待って! ご慈悲を!」
ヴィリアラお嬢様がラウザ坊っちゃまを追いかけた後に、わらわらと人が集まってきた。
どう考えても普通は皆、私が犯人と思うだろう。
しかし、皆口を揃えて零す。
「ああ、ヴィリアラお嬢様、ついにやっちゃったか」
と。
この時ばかりはヴィリアラお嬢様の今までの積み重ねに感謝した。
そして、その日もまた、皆薬を貰いに行列が出来ていた。
当然ではあるけれど、ヴィリアラお嬢様が学園に行かれている間は特に何もなく平和な生活だった。
けど、皆口には出さずとも絶対に同じことを思っていた。
ヴィリアラお嬢様が帰ってきた瞬間、絶対にこの平和は崩れると。
そして、それはその通りであった。
一度目の帰宅はまだ男装なさる前の姿で。
長く勤めている者はその姿に懐かしさを覚え、男装後に勤めた者は、本当に女の子だったのだと少々驚いていた。
この帰宅は不穏どころか良い物を見させてもらったと、皆喜んでいた。
問題は二度目だった。
予想通りといえばそうなのだが、やはりヴィリアラお嬢様は学園で色々とやらかしていたらしい。
この日も随分と胃と頭がやられた。
しかし後日、それ以上の爆弾をヴィリアラお嬢様は持って帰ってこられた。
学園のご友人を保護という名目でしばらく預かると急に連れてこられた。
当然、それを知った奥様は大層お怒りである。
最近はヴィリアラお嬢様がいる時は薬を常備する者も多く、体は問題がなかったが、それでも寝込みたいほどであった。
それからはまた平穏な日々が続いた。
ヴィリアラお嬢様もご友人がいる為か、普段よりも大人しく、皆大満足であった。
より一層冬の寒さが増してきた時期、ヴィリアラお嬢様とラウザ坊っちゃま、ご友人のリシアさんにメドーさんが社交パーティーに行かれることになった。
奥様と旦那様も仕事で外出なされる為、我が家にはしばらく使用人とシスタ様しかおられない。
シスタ様はいつも以上に部屋に籠るようになった。
偶に見かけるシスタ様は、普段見るよりも寂しそうにしておられた。
シスタ様のことは正直あまり知らない。
けれど、知っていることもある。
それはとてもお優しいこと。
すれ違えば頭を下げ、にっこりと微笑んでくれる。
掃除においても料理においても、何においても、シスタ様は毎日感謝の手紙を出している。
それも一人一人に。
ロジャー家に勤めているものでシスタ様の手紙を受け取っていない者はおそらくいないだろう。
だから皆、毎朝手紙の時間を楽しみにしている。
おそらく、使用人全員の顔と名前が一致しているのはシスタ様だけであろう。
シスタ様が使用人一人一人の名前を調べているのは有名な話だから。
そんなお優しいシスタ様を嫌う人間はここにはいない。
皆関わる勇気がないだけ。
見た目もあるが、シスタ様の気遣いを無下にする不安からでもある。
シスタ様はご自身のことをよく理解されていらっしゃる。
だから、シスタ様は私達とは間接的に関わろうと努力する。
直接話しかけずに手紙を出し、目が合えば礼と笑顔。
私達を不快にしない最大限の気遣い。
そんなお優しいシスタ様が寂しそうな顔をすれば我々使用人一同心配ですし、ヴィリアラお嬢様方が帰ってきて嬉しそうな顔をすれば、我々は安心する。
十年前は疎まれていた女の子が、ここまで皆に見守られるようになった。
それはヴィリアラお嬢様のおかげでもあるかもしれないけれど、ヴィリアラお嬢様が作ったのはあくまできっかけ。
皆がシスタ様の事を良く思うようになったのは、シスタ様自身の力。
そのことをもう少し自覚してほしい気持ちもありつつ、静かに見守っていくことが使用人の間での暗黙の了解となっている。
私はロジャー家に勤めることが出来て本当に幸せだと感じるのと同時に、お嬢様と坊っちゃま方には幸せな人生を歩んで頂きたいと心の底から願う。
三章第二部終わりです!
今回の一人称キャラは過去にニーファの後輩としてチラッとだけ出てきたり、セリフ付きの名もないメイドはこの人だったりします。
ラウザへの言葉がほとんどないのは、令息は執事、令嬢はメイドが基本で、部屋も男性エリアと女性エリアで分かれている為です。
本当はリシア回をやるつもりだったのですが、最終話までちゃんと流れが決まったというのもあり、リシア回に相応しい回が別にあった為、今回はモブ視点第二弾になりました。
三章第三部は全体的にシリアスです。シリアスタグはこの部の為につけたほどです。
ですが、かなり重要な回でもあります。
ただ、個人的にシリアスが長々続くのはあまり好きではないので、二話投稿してちゃっちゃと終わらせたいと思いつつ、最近は忙しいのでしばらくは一話投稿のままです。
どこかのタイミングで二話投稿になります。
では、引き続きよろしくお願いします。
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