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外泊

 ついにきてしまった、社交界。

 厳密には二日後だが、別国なのもあり、日にちを跨がないと間に合わないため、今日朝早くに馬車に乗って向かう。

 ラウザは付き添いを迎えに行く為、私達より早く出発している。


「お兄様、お供する事ができず申し訳ありません」

「気にしないで。シスタこそ大丈夫? 家族もニーファもリシアもいないけど」

「はい、問題ありません」

「もし何かあったら、この場所の私が教えに行っている魔法の教室か、ラウザが剣を習っている訓練場を頼ってね。シスタのことを理解している人達がいるから」

「分かりました。お兄様、気をつけてくださいね」

「うん。それじゃあ行ってくるね」


 名残惜しいが、私はシスタの手を離して馬車に乗り込んだ。

 

 馬車の中は静かだ。リシアは初めての社交界ということもあり、ずっと緊張しており、不安げな表情をしている。

 ニーファもついてくるとは言ったものの、やはり気乗りはしないのか、固い表情をしている。

 私も私でしばらくシスタと会えない事実に打ちひしがれている。

 三人の浮かない気持ちが噛み合い、驚くほど静かな空間が出来上がっている。

 そして、この静かな空間が喋りづらさに拍車をかけるせいで、特に仲も悪くない、むしろ良い方の間柄のはずなのに、気まずい感じになってしまう。


 私達がようやく話せるようになったのは、宿泊施設に着いた時だ。

 流石に長時間馬車に乗って移動というのは体に悪影響の為、こうして遠方への移動の時は皆どこかに泊まるのが普通だ。

 前世ですら、夜行バスの移動で寝れたとしても結構疲れるというし、整備できていない道も通る馬車にずっと座っていたら、流石に鍛えていても痛いし疲れる。あと酔う。


「こ、ここに泊まるのですか?」

「うん、そうだよ。ここは入れる位の人が限られているからね、安全面には問題ないよ」


 そういうことではないのですがと言いたげである。

 うん、分かるよ。外観について言いたいんだよね。

 ここは王家ですら利用するホテル。

 外観から気品さが溢れ出している。

 見た目は屋敷のマンションという感じだ。

 

 ロビーは広く、前世でも見たような感じだ。

 正直、私はこうして遠出をしたことないから、少し興奮していたりする。

 もしかしたら前世で見たような景色が広がっているのも影響しているのかもしれない。


「すみません、部屋をお願いします」


 私は身分証と両親からの手紙をフロントスタッフに渡す。


「お待ちしておりました、ロジャー様。今案内の者をお呼びいたしますので、しばしお待ちいただきたく存じます」

「お願いします」


 案内人数人と、荷物を運ぶスタッフが数人やってきて、部屋まで案内された。

 部屋の中に入ると、思わず膝から崩れ落ちた。


「どう考えてもおかしいでしょ」


 部屋はもちろん広く、設備もしっかりしている。このホテルの中でもスイートルームに位置する部屋だろう。

 しかし、問題は寝室であった。

 キングサイズのベッドが一つ置かれている。

 他に探してもベッドは見つからない。

 そう、つまり寝る場所はここしかないということだ。

 

「どうして、どうしてよ。三人で泊まるんだからベッド三人分用意してよ。枕だけ三つあっても意味ないんだよ」


 この光景を見て、前世の知識で一つ思い出した事がある。

 それは、スイートルームの圧倒的ダブルベッド率。

 スイートルームってカップルとか夫婦とかと泊まることを想定しているのか、ツインの部屋がないなんてザラにある。

 そこまで再現しなくても良いよ運営。


「ベッド、一つのみですか?」

「他の部屋も確認しましたが、そのようですね」


 二人もこの緊急事態に気づいてくれたか。

 この事態を解決するには一つしかない。


「安心して二人とも。私が床で寝る」

「ダメです。主人が床で従者がベッドなど許されるはずがありません。私が──んっうん」


 私が床で寝ると言おうとしたんだな。リシアの存在に気づいて言い止まったようだけど。

 そう、この状況の最大の懸念がリシアだ。

 リシアは私が女だということを知らない。

 私と一緒に寝ることに抵抗があるかもしれないし、そもそも女だとバレる可能性が大だ。

 だから私が床で一人で寝るしか方法はない。


「あの、この大きさなら三人でも寝られると思います。少し狭いかもしれませんが大丈夫です。ですから、誰も床で寝る心配などございませんよ」 


 リシアのその提案に、一瞬思考がフリーズしてしまった。

 私が女だとバレる心配もそうだが、さらっと男と一緒のベッドで寝ても問題ないと言っているようなものだ。

 抵抗なく言っていることに思わず、この子大丈夫かな? と思ってしまう。


「え、いや、私男だよ」

「知ってますよ」

「その、抵抗とかないの?」

「ヴィリアン様なら大丈夫ですよ。それに、ニーファさんもいますし」

「いや、だとしても」

「大丈夫です」


 リシアの強い眼差しを見て、私もそれ以上は何も言えなかった。


「まあ、リシアがいいなら。私は端で寝るから──」

「ダメです。もしベッドから落ちてしまっては大変ですので、絶対に端で寝ないでください」

「過保護すぎない?」

「絶対にダメです」

「……ニーファ、ちょっとちょっと」


 私はニーファと別の部屋に移り、話し合いをすることにした。


「私がリシアと並んで寝たら女だとバレる確率上がるでしょう」

「メイドとして、ヴィリアラ様の性別がバレることよりも怪我をされる事の方が問題となります。申し訳ありませんが、そこは譲れません。それに、私の方に身体を向ければ問題ないと思います」

「いや、リシアに背を向けるのは感じ悪いよ」

「では、仰向けで寝てください。仰向けならまだフォローできますので。絶対リシアさんの方には身体を向けないでください」

「……分かったよ」

「お願いしますね」

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