私の天使
年月が進むにつれ、私の姿は嫌いな女になっていく。
私が前世でやっていた乙女ゲームの悪役令嬢と同じ、薄めの茶髪に紫色の吊り目の少女に。
だけど、皮肉にもそれで妹の正体に確信がついていった。
悪役令嬢、ヴィリアラ・ロジャーの義妹であり、主人公の友人である私の推し、シスタ・ロジャーであると。
では、シスタのことが分かったところで一つ問いたい。推しが鍵のかかったドア一つ挟んだ先にいるとして、私はどうするか。
それはもちろんただ一つ。
「お姉様⁉︎」
「会いにきたよ、シスタ。ここ開けて」
窓から入るまで。
「またお養母様に怒られてしまいますよ」
「シスタに会えるならなんてことないよ。今日はシスタにこれを持ってきたんだ」
私はハンカチに包んだチョコレートを見せる。
「これは何ですか?」
「チョコレート。甘くて美味しいよ」
「チョコレート」
恐る恐るといった感じでチョコレートを口に入れたシスタの目は輝き出した。
嬉しそうに頬を膨らませながら食べるシスタを前に、私の心臓は破裂しそうになっていた。
なんてぷにぷにとしたほっぺ! ハムスターみたいでとても尊い! なのに一つ一つチョコレートを噛み締めながら食べる姿は気品に溢れている! そして何より笑顔が堪らない! 私の心を殺しにきているといっても過言ではない!
いや、いかん。心を落ち着かせなければ。
ここでシスタの可愛いさにやられてしまえば、母親に見つかって怒られるのは明白。また監視をつけられてしまう。
「お、お姉様?」
「あ、ごめん! シスタがあまりにも可愛くて可愛くて」
もちもちしたほっぺたに自然と手が伸びていた。そう、自然と。
決してわざとではない。
「もう、お姉様は調子が良いのですから」
「ごめんね、嫌いにならないで」
「お姉様を嫌いになんてなりませんよ」
「うっ──!」
「お、お姉様⁉︎」
シスタが尊すぎて直視できない。どうすればいいのか。
今顔を上げてしまえば、過度な尊いの摂取で命が危ない。
そんな私の命を繋ぎ止めたのは、皮肉にも我が天使を嫌悪する者であった。
「ヴィリア〜、どこですかー?」
母親の足音が近づいている。
まずい、シスタにはああ言ったけど、バレたらシスタまで叱られてしまう。
私はともかくシスタが叱られるのは耐えられない!
「シ、シスタ、どこか隠れる場所ない⁉︎」
「え、そ、そう言われましても……」
シスタの部屋にはベッドと椅子と机が一つずつしかない、とても簡素な部屋だ。
「まさか、ここにいるなんてことはありませんよね?」
ガチャガチャとドアノブの音が鳴る。次に、鍵穴に鍵が差し込まれた音がした。
「仕方ない。シスタ、絶対に私といたことは内緒にすること。いいね」
「は、はい」
「うん、良い子」
私は一か八か窓から外に出た。
「ヴィリア!」
物凄い勢いで開いたドアに、シスタは自然と体がびくついていた。
「ヴィリアラはここにいるの?」
私に対してとは違う、低い、威圧するような声で母親はシスタに問う。
使用人にですら丁寧な言葉使いをしているのに、シスタ相手にだけはそれもない。
こんな状況で育てられていたんだ、私が悪役令嬢になるのも、シスタが家を捨てるのもよく分かるよ。
「い、いません」
「嘘だったら承知しないから」
母親はまるで寝室でGを見つけた時のような気迫で、探すところもほとんどない部屋を探している。
……いや、それだと私がGになるな。もっとましな表現にしよう。
……ないな、うん。漆黒の悪魔と呼んでおこう。指すものは同じでも、厨二臭いけど、こっちの表現の方がマシだ。
「あの子のことなら」
おっとまずい、こっちに来そう。
「ヴィリア!」
くっ、頑張れ私の腕! 五歳児の軽い身体を支えきってくれ!
「いない……」
ほっ、なんとか凌げ──。
「きゃーーー! お嬢様が! 誰か! お嬢様を!」
あ、まずい。外にいるメイドのことを考えていなかった。
「ヴィリア⁉︎ どうしてそんなところにいるのですか⁉︎」
窓から顔出して見上げた母親とばっちり目があった。
まずくなってから鍵を開けていた上の階から屋敷の中に戻ろうと考えていたことが仇となってしまった。
いくら軽かろうが五歳児の腕力なんて分かりきっている。
さらには鏡を通して中の様子を見ていたことから、手には滑りやすい手鏡が握られたまま。
「うわ、あ……」
降りるのとは違い、上がることは容易ではない。
しかも焦ったせいか、上手く窓枠を掴めておらず、手を滑らせてしまった。
「ヴィリア!」
「お姉様!」
クシャッと音を鳴らして私は生垣の中に落ちた。