生き地獄
私は生きた心地がしないまま、母親と顔を合わせた。
「いらっしゃいリシアさん。事情は軽くですが聞いています。どうぞお座りください。紅茶は苦手でないようでしたら、遠慮せずお飲みください」
母親は比較的穏やかな笑顔だが、横にいる父親の顔がこれから私に降りかかる火の粉の大きさを表している。
「何をしているのヴィリア。早くリシアさんを座らせてあげなさい」
「は、はい。リ、リシア、こ、ここ、こちらにどうぞ」
「すみません、失礼します」
私はリシアを座らせた後、母親の許可を得てから隣に腰を下ろした。
「あの、大丈夫ですか? ヴィリアン様」
「だ、大丈夫だよ。す、少し寒いだけだから」
本当に寒さの震えならどれほど良かっただろうか。
「リシアさんは大丈夫ですか? 部屋、寒くないですか?」
「私は大丈夫です。お気遣い感謝いたします」
「とても丁寧な方ですね。平民とは思えません。ヴィリアに見習ってほしいくらいです」
「そんな、私なんかにヴィリアン様が見習うような部分なんてありません」
「いいえ。あなたのその謙虚さを少しでも見習ってもらいたいと母としては思います。それでは、本題に移りましょう。しばらくここに滞在するのですよね」
「はい。すみません、急にこんな話になってしまって。私としても、今日言われたものでして、正直現実味はないと言いますか」
母親の私を見る目が明らかに悪くなった。
「それは驚きましたね。ロジャー家としては、リシアさんの事を歓迎します。ご自宅のようにとは言いませんが、楽しく過ごしてもらえればと思っています」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもヴィリアとシスタと仲良くしていただきありがとうございます。ここでも二人と仲良くしてくださいね」
「それはもちろんです!」
「本当に良い子ですね。……そうそう、弟のラウザのことはご存知ですか?」
「はい。何度かお二人から聞いたことがあります」
「あの子は少し気難しいところがありまして。ヴィリアとシスタをとても気に入っていることもあり、二人と仲良い人を快く思わないところがあるのです。兄と姉を取られたと感じてしまうようで。もしかしたら冷たく接されるかもしれませんが、あまり気にしないで下さいね。酷いようでしたら、遠慮せず教えてください」
ラウザ、そんな一面を持っていたのか。全然気づかなかった。
「ご忠告ありがとうございます」
「いいえ。伝えたい事はこれで全てですので、リシアさんは下がって良いですよ。まだのようでしたら、メドーさんに部屋を案内してもらうよう頼んで下さい。ヴィリアはまだ少し話したいことがあるので、少し残りなさい」
「それでは私はこれで。ヴィリアン様、お先に失礼します」
ああ、行かないでリシア! 私を地獄に取り残さないで!
そんな心の叫びはドアの閉まる音により、意味のないものとなった。
「さて。覚悟はできていますね、ヴィリア。本当に、本っ当にあなたって子は──!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
どうやら母親の説教声は階全体に広がっていたらしい。三時間ずっと。
◇◆◇◆◇
「う、ううう、ひっく、ニーファ〜」
「よしよし、よく頑張りましたね」
説教から解放されてすぐ、私はニーファに泣きついた。
きっと父親譲りだろう。私と同様怒られながら泣いていたのだから。
「私、私何も悪くないのに。巻き込まれただけなのに。むしろ助けようと思ってしたことなのに、あ、あんなに怒ることないじゃんっ」
「リシアさんのことを思っての行動ですからね」
「じ、事情は分かったけど、部屋の、用意とかあるから、一言連絡くらい寄越しなさいって、できるわけ、ないじゃん。連絡、している間に、リシア襲われちゃったら、どうするの」
「そうですね」
「本当に、あなたはいつもいつも、相談も無しに、勝手に行動してって。私が、勝手にしたのって、男装、だけじゃん。他は、大抵、誰かの、提案と、か、巻き込まれた、だけじゃん」
「…………」
「ずっと、ずっと、今まで、やったこと、掘り返されて。でも、今回は、他人様を、巻き込んでいるから、到底、許せないって。ずっと……。う、うう……。ニーファ〜」
「それは大変でしたね」
「う、うう……ひっ」
泣き止みたいのに、ニーファがずっと優しく頭を撫でてくれるから、喉と目が痛くなるまで私は泣いていた。
「落ち着きましたか?」
「うん……」
「どうぞ」
「ありがと」
私は涙と共に滝のように溢れ出した鼻水を、ニーファが渡した手拭いで思いっきり鼻をかんだ後拭う。
「目、冷やしますか?」
「そんなに酷いの?」
「ご覧になりますか?」
「うん」
手鏡に映った私は何とも酷い顔だった。目は真っ赤に腫れ上がり、虚で心配になってしまう表情。鼻もほんのり赤く、輪郭には服の跡が残っている。
「酷い顔」
そんな顔を見て、私は馬鹿にしたような笑みを鏡越しに自分に向ける。
「顔洗ってくる」
ニーファに手鏡を渡して、いつもより力無く洗面所へと向かった。




