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約束

 ドアを開くと、ベッドでぼーっと自身の腕を見つめているシスタがいた。


「シスタ……」


そう声をかけると、ゆっくりとこちらを向いた。


「お姉様……」


 私はシスタに少しずつ近づき、シスタの前で頭を下げた。


「ごめんなさい」


 ただその一言だけをシスタに伝える。

 他にも言いたいことはいっぱいある。けど、今伝えるべき言葉はこの一言だけだ。


「お姉様は知っていたのですか?」


 シスタは神妙な面持ちでそう聞いてきた。


「知らなかった。けど、知っていたよ」

「……どっちですか」

「シスタが疎まれているのは知っていた」


 呪われていると言われていることも知っていた。けど、それはあくまで前世の私の記憶。今までの私は知らなかった。

 ずるかもしれないけれど、今の私にこれ以上背負える勇気はない。


 シスタが何を口開こうと、私は決して後悔しない。今の私はそのためにここにいる。

 シスタからしたら言葉を間違えていたとしても、今ここにいる私はエゴだ。私のエゴのためにここにいる。

 だから、どんな形で終わっても、私は絶対今日の私を褒め称える。


「どうしてお姉様は私の側にいようとしたのですか?」

「いたいと思うのに理由は必要?」

「……分からないです。何も分からないです」

「シスタ、私が今までシスタに伝えてきた言葉を覚えている?」

「……はい」

「それが、私がシスタといたいと思う理由」

「おかしいです、おかしいですよ」

「何がおかしいの?」

「全てです! 全て、おかしいです」


 シスタは包帯で巻かれた腕を目に当てた。包帯は徐々に涙で滲んでいく。


「この白い髪は人を死に誘う呪いがかけられていると言われました。お姉様は私が聞こえていないと思っていたのですか? 聞こえていました。誰よりも聞こえていました。老人のような、骨のような、生気を感じられない髪と。目もです。悪魔の呪いがかけられていると言われました。底知れぬ闇を彷彿とさせる、真っ黒な人の物とは思えない目と。そんな私を、呪われた子を、なぜお姉様は今もこうして」


 シスタの声が段々と遠くなって、嗚咽しか聞こえなくなっていく。

 そんなシスタを前にして私ができることは、笑顔でシスタを肯定してあげることだけ。


「シスタの髪は天使からの授かり物だよ」


 シスタの嗚咽が少し小さくなった。


「天使はね、真っ白な輪っかが浮かんでいて、真っ白な羽が生えていて、真っ白な服を着ているの。シスタのその髪は、そんな天使達からの贈り物なんだよ」

「てん……し……」

「そして、シスタの目は未知の魅力の塊なんだよ。夜になると空は暗くなり、星や月を輝かせる、昼には知ることのできない素敵な未知の空間を作り上げる。深い海の底には真っ暗で見えないけれど、私たちの知らない未知の生き物が日々暮らしている。真っ暗な洞窟には、まだ誰も発見できていない未知の宝物が眠っている。シスタの目は、そんなまだ誰も知らない未知の存在の魅力を映している」


 私はゆっくりとシスタに近づいて、手拭いでシスタの涙を拭く。


「こんなに可愛い私の妹が呪われた子なわけない。シスタは正真正銘祝福を、愛を受けた子だよ。でも、どう捉えるかはシスタ次第。残念だけど、シスタは呪われた子だとこれから先も言われてしまう。けれど、それ以上の愛を私は与え続ける。シスタは自分をどっちだと思う? どっちだと思いたい?」


 シスタはじっと私の目を見て、再び少しずつ顔を歪ませた。


「わた、私は……愛されたいです。呪われた子は、嫌です。お姉様、私を見捨てないでください」


 シスタは私の服に手を伸ばし、鼻が詰まった、少し聞き取りづらい言葉で一生懸命お願いしますと言っている。


「見捨てないよ、絶対に。シスタ、抱きしめていい?」

「あい」


 私がシスタを抱きしめると、離さないとばかりにシスタは手に力を込めた。


「撫でていい?」

「あい」


 よほど髪を嫌っていたのか、いつものようなサラサラな髪ではなく、櫛を通していない、寝起きのような少々くしゃくしゃな髪になってしまっている。

 私は自分の手でその髪を少しずつ整えていく。


「シスタ、顔を上げて」


 シスタは私のお腹に顔を埋めたまま、首を横に振った。


「何が怖い?」

「人が怖いです」

「お姉ちゃんは怖い?」

「怖くないです」

「じゃあ、今は何が怖い?」

「これが夢だったら怖いです」

「じゃあ、夢から覚めるおまじないをかけてあげる。それでもシスタの側にお姉ちゃんがいたら顔を上げて」


 私は震えるシスタの背中をさすりながら、頭にキスをした。


「……お姉様?」

「やっとこっち見た」


 私はもう一度、今度はシスタの額にキスをする。


「私が話した物語覚えてる? 眠りについたお姫様は、みんな王子様のキスで目覚めているの。私は王子様じゃないけど、シスタは夢から覚めることができた?」


 白い肌も相まってか、恥ずかしさと困惑でシスタの顔が真っ赤に染められていっているのがよく分かる。


「はい……」

「シスタ、大好きだよ」

「私もです、お姉様」


 私はそっと包み込むようにシスタの手を持って目線を合わせる。


「今度こそ絶対、シスタのこと守り切るからね。約束」

おそらくあと三話、シスタの話が終わったら二章に入ります。

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