ヤンデレゲームは、控えめに言って最高でした。
アンドリッサが去り、その場には私達二人だけ。お気に入りの大きな楠の下のベンチに、並んで腰を下ろした。夕刻の風は特に冷たく、思わずぶるりと体を震わせる。
「これを羽織って」
エドガーが、私の肩に自身のコートを掛ける。
「それから、手はこっち」
ぎゅっと握られ、頬が熱くなる。彼の掌は私よりずっと冷たくて、ちょっと笑ってしまいそうになった。
「僕の方があっためてもらってるみたいだ」
「そんなことありません」
拳二つ分空いていた距離をぴったりと詰めて、ほんの少しだけエドガーの肩にもたれる。自らの行動なのに恥ずかしくなって、図らずも温まることに成功してしまった。
「あまり可愛いことをしないで。今すぐにキスしたくなるから」
いつもよりずっと甘い、掠れ声。耳元で囁かれると、そこが発火しそうなくらいに熱くなる。
「あ、あはは!それは申し訳ありません早急に離れますね!」
「ごめんマーガレット。冗談だから離れちゃいやだよ」
「ぐ、ぐうぅ……」
喉奥から、今まで出したことのないような音が出た。あまりの可愛さにのたうち回ってしまいそうになる自分を、なんとか押さえつける。
「エドガー様、私もう無理かもしれません……」
「無理って何が?」
「これからは貴方への気持ちを隠さなくても良いんだと思ったら、色々と我慢が効かなくて」
大変な誤解を受ける台詞だということに、私は気付けない。エドガーは空いている方の手で目を覆い、思いきり天を仰いだ。
「大丈夫、それは僕も同じだから」
「本当ですか?良かったぁ」
暴走しているのが自分だけではないと知って、ほっと安堵の笑みが浮かぶ。いくらか気持ちが楽になったので、ぱっと体勢を立て直した。
「マーガレット?別に離れなくても良いんだよ?」
「いえ、もう大丈夫です!ありがとうございますエドガー様!」
「そ、そう」
あまり学園内でべたべたしていると、彼が余計な反感を買ってしまう。先ほど頑張るとアンドリッサに宣言したばかりなのだから、しっかりしないと。
「そういえば、エドガー様は今日特にお変わりなかったですか?」
「僕?」
「私は一日、アンドリッサ様の番犬のような気持ちでした。それに正式な発表はまだ先とはいえ、私がエドガー様を狙っているという噂が立っていて、皆がこっちを見てくるので居心地が悪かったです」
不満を口にした後ではっと気付いても、もう遅い。彼を責めているような言い方をしてしまった自分が嫌で、しゅんと俯いた。
「マーガレットは可愛いから、視線を集めてしまうんだね」
「えっ?いえ、そういうことでは」
「今日も随分、ロイスと仲良くしていたようだし。ね?」
先ほどの雰囲気から一転、エドガーの瞳に妖しげな影が差し込む。冷たかった指先が熱を帯び、私の首元をゆっくりと這う。
「エ、エドガー様。やきもちは焼かないのでは」
「どんな僕でも愛してくれると言ったのは、マーガレットだよ」
「そ、それはそうですが」
「僕以外と手を繋いでいたなんて、今にも胸が張り裂けそうだ」
なぜ知っているのか、目立ち過ぎたせいかと、頭を抱えたくなる。
「ロイスは良き友人です」
「それは分かっているけれど、胸の辺りが痛んでどうしようもないんだ」
「……ごめんなさい」
大好きな人を悲しませてしまったことは、反省しなければならない。完璧な王子として感情を押し殺して生きてきたエドガーを、これからは私が癒したいと思う。
「謝らないで、ちょっとした冗談だから」
「いいえ、冗談などではありません!エドガー様はロイスにやきもちを焼いたのです!」
突然の大声に、彼の肩がびくりと反応した。
「私の前では、我慢しないでください」
「マーガレット……」
「これからは、貴方を傷付けないよう努力します」
彼の恋人として、変な遠慮はしない方が良い。友人は友人として、節度を持った接し方を心掛けようと思う。
「僕の我儘で、マーガレットの人生が窮屈になってしまうのは嫌だ」
「いいえ、エドガー様。これはむしろ、私の我儘なのです」
彼の退路を塞ぐように、ベンチの背もたれにとんと両手を突く。これまでに感じたことのない冷えた熱が、腹の底からふつふつと湧いてくるようだった。
「だってもしもエドガー様が他の令嬢と手を繋いでいたら、私は嫉妬でおかしくなってしまいますもの」
「マ、マーガレット?いつもと雰囲気が……」
「私自身も、こんな気持ちは初めてです」
びゅう、と吹き荒ぶ風のせいで、私の肩に掛けられたコートが舞い上がる。それがほんの数秒私達の姿を覆い隠したのをいいことに、唇を彼の耳にぴとりと寄せた。
――貴方は永遠に、私だけのものです。
デッドエンドの瞬間、エドガーに囁かれた台詞とほとんど同じことを、まさか自分が口にするなんて思わなかった。ゆっくりと顔を離すと、彼の頬はまるでシチューに浮かぶ人参のように赤く染まっている。
「あ……、ぼ、僕……っ」
「ふふっ、お可愛らしい」
まさか、マーガレットのようなモブ令嬢にもヤンデレ要素が備わっていたなんて。さすが、私が人生を捧げたと言っても過言ではない、ヤンデレまみれの乙女ゲーム。
デッドエンドを選ぶことはないけれど、彼のこんな表情が見られるのなら、たまには悪くないのかもしれない。
「愛していますわ、エドガー」
控えめにこりと微笑めば、彼は耳まで真っ赤になりながら可愛らしくこくりと頷いたのだった。
こうして、私マーガレット・フォーサスは前世での最推しエドガーとのハッピーエンドを迎えたのでした、めでたしめでたし。とはいかないのが、人生というもの。大変なのはこれからだし、まだまだ課題は山積み。分岐点はいくつも存在するのに、頭の上に明確な選択肢は現れてくれない。
ここは乙女ゲーム「死は二人を分つこと勿れ、それは愛のシュプリーム」の世界でありながら、私達を操るプレイヤーは存在していない。だからこそ、悩みもがきながら必死に考えて、選んでいく。少しずつ、一歩ずつ、前へと進み続ける。
つまづいて転んでも、大丈夫。私には、手を差し伸べてくれる大切な家族や友人がいる。
そして、最愛の恋人。彼と共に、マーガレットはこの先の人生も一生懸命に生きていくことを誓うのだ。




