ずっと会いたかった、私の好きな人。
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ある日の夕暮れ。しんしんと雪の降り積もる屋敷の庭を見つめながら、私は感慨に耽っていた。学園は冬季休暇に入り、生徒達はそれぞれが自身の領地や王都の屋敷などへ帰省している。私も例に漏れず、ライオネルと共にフォーサス寮のカントリーハウスで、穏やかな時間を過ごしていた。
つい先日十五歳を迎えた私は、後一年で学園を卒業する。その後どうするかについては、まだあまり深く考えたことはなかった。
「エドガー、どうしてるかな……」
この休暇中にアンドリッサとの婚約についてきちんと整理するから会えないと、そう言われている。彼は第一王子であり、このままいけばいずれはこの国を背負って立つ存在となる。幼い頃から妃教育を施されたアンドリッサとは違い、一通りの淑女教育をさらりとかじった程度の私に、パートナーが務まるのだろうか。
思った以上にすべてが上手い具合にまとまったので、やはりプレーヤーでもいるのではとたまに天を仰いでは、現実逃避をしている私。
アンドリッサはレグルスと、リリアンナはシャルロ(推定)と、私はエドガーと。叶わないと思っていた夢が届きそうな距離にあるのに、手放しで喜べないのはどうしてだろう。
これから起こる様々な問題を解決できるのは、決して私ではない。すべてエドガーだけに負担を強いることになるし、国王や王妃の説得だって一筋縄ではいかない。こんな時アンドリッサなら、きっとあらゆる面で彼の役に立てるのにと、自分が情けなくなった。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「ええ、良いわよ」
控えめなノックの音と共に、侍女のメリルの声が響く。私がそう答えると、静かに部屋の扉が開いた。
「どうしたの?夕食にはまだ少し早……」
「やぁ、マーガレット。久し振りだね」
「エ、エドガー様……!」
予想外の人物登場に、あんぐりと口を開ける。王都から離れたこの場所にまさか彼が来るなんて、そんなことは夢でしかあり得ないと思っていたのに。
「ま、まさか私寝ているの⁉︎」
「はい?何?」
「夢遊病かもしれないわ!」
本来の意味合いとは異なる表現であるのに、パニックに陥った私にはそんなことを気にする余裕がない。第一王子に碌な挨拶もせず、先ほどまで佇んでいた出窓に駆け寄った。
「マーガレット、何をしているの?」
「おかしい、ちゃんと足跡がある……」
ここから下を見下ろしても、新雪にしっかりと跡が残っている。誰かが通ったことにすら気付かないなんて、私はどれだけ呆けていたのだろうと、思わず頭を抱えた。
「急に来て驚いたよね」
「ええ、それはもう」
「直前まで予定が読めなかったんだ。なんとか全部纏めて、馬車を飛ばしてここまで」
王都からフォーサス領までは距離がある上に、今は雪の降り積もる冬。さぞかし苦労しただろうにと、彼の頭にかかっている粉雪を、背伸びをしながら手で払った。
「あれ、玄関先で落としたつもりだったんだけど、まだ残ってた?ごめんね」
部屋を濡らしてしまうと思ったのが、エドガーは私に謝罪を口にする。まるで言葉をすべて忘れてしまったかのように、私はただ黙って彼を見つめた。
「マーガレット?どうしたの?」
美しい藍色の瞳が、こちらを案じるように揺れる。そのせいで、そこに写っている私の姿まで不安定に歪んでいた。
「エドガー……ッ!」
言うが早いか、私は了承も得ずに勢いよく彼の胸に飛び込む。突然のことだったのに、エドガーの体はびくともせずしっかりと私を抱き止めてくれた。
「会いたかった、嬉しい、ありがとう……っ」
ぶつぶつと途切れ途切れに、ぎこちなく単語を並べることしか出来ない自分が、なんとも情けない。これでも、勝手に溢れる涙をかいくぐって絞り出した台詞だった。
「……ごめん、遅くなって。君を不安にさせた」
「ち、違うんです。これは、この涙は、上手く説明できないけれど、悲しいわけではなくて」
「うん、本当は分かってる」
私の背中に回されたエドガーの両手が震えているのは、体が冷えているせいだろうか。少しでも彼を温めてあげたいと、さらにすりすりと身を寄せた。
「アンドリッサとの婚約は、円満に解消されたよ。レグルス皇子とも事前に話し合って、彼が正式に婚約を申し込んだんだ」
「アンドリッサ様は、悲しまれていらっしゃいませんでしたか?」
「まったく。それどころか喜びを必死に隠しているような感じで、さすがにちょっと傷付いたよ」
苦笑する彼につられて、思わず頬が緩む。エドガーは一度体を離すと、そのしなやかな指で私の目尻に溜まった涙を掬い上げた。
「僕の為に泣いてくれて嬉しいって言ったら、怒る?」
「まさか、怒ったりしません」
「いいんだよ。これからはもう、僕にありのままの君を曝け出して」
私を見つめる瞳があまりにも優しくて、せっかく拭ってくれた涙がまた溢れ出す。これまでの出来事が走馬灯のように目の前に映し出されては消え、いつまで経っても止まらない。エドガーと重ねてきた思い出がこんなにもたくさんあったことを、改めて実感した。




