バグと接触したヒロインはどうなるのか。
「顔が可愛いだけじゃ、なんの意味もないわ」
これは意外な本音だ。てっきり、可愛いは正義だと思っているのかと。
「あら、魔法が使えるじゃない」
「この国で魔法が使えても、利点なんてないわ」
そこは確かに、リリアンナの言う通り。もともとゲームに花を添える為のなんちゃって設定だったのだろうし、使える人間も限られていれば発動条件である魔石も貴重で、実用性は皆無。
「それが無い物ねだりだって言うのよ。顔が可愛くて魔法が使えて貴族の血を引いてるなんて、正に物語のヒロインじゃない」
「ふん、甘いわね。ヒロインには、完璧な王子が必要不可欠なんだから」
なるほど。つまるところ結局、リリアンナは他力思考というわけか。乙女ゲームの主役なのだから、そうでなければ成り立たない。パートナーなど必要ない、自分の足でまっすぐ立てるような性分では、物語が破綻してしまう。
思えばアンドリッサも、初めはそうだった。私と出会って考えが変わったと言われた時は嬉しかったなと、彼女との美しい思い出を反芻する。
「ちょ、ちょっと!私の話をちゃんと聞いているの!」
「ええ、もちろんよ」
しれっと嘘を吐きながら、改めてリリアンナをじいっと見つめる。前世の私にとっては魅力的だったゲーム設定が、こうして少しずつ登場人物達を苦しめている。
やはり私はこの世界のバグなのかもしれないと、以前と似たようなことを考えた。
「貴女の人生は、貴女のものよ。理想の世界も素敵な王子も、必要ないわ」
膝に置かれたリリアンナの細い指に、そっと自身の手を重ねる。一瞬ぴくりと反応したものの、それ以上の拒絶はされなかった。
「全部全部、自分で自由に決められる。だって、誰かに決められたシナリオなんて存在しないんだから、リリアンナ・ノチェスを演じたりしなくていいの」
「私が、私を演じてるですって……?」
「可能性は無限大だって、そう言いたかっただけよ!」
貴族の令嬢相手に、無茶な言い分だということは十分理解している。与えられた不自由の中でどれだけ自由に生きられるか、それは与えられたコマンドを選ぶだけの作業ではなく、本物の生きた選択だ。
「……ふん、生意気ね。貴女だって、周りにいるのは王子や公爵令嬢みたいな、立派な肩書きを持った人たちばかりのくせに」
「だから好きになったわけじゃないから、安心してよ」
不敵に笑って見せる私に、リリアンナは一瞬瞳を揺らす。それから吹っ切れたように、長い溜息を吐いた。
「あーあ。まさか貴女にお説教されるなんてね」
「お説教?お説教といえば、そういえばすっかり忘れてた!私、ノチェスさんに文句を言う為に探していたんだったわ!」
彼女なりに悩みを抱えていたのだと知って、ついほだされてしまった。
「ちょっと、ここは和解の流れでしょう⁉︎」
「それはそれ、これはこれです!」
再び仁王立ちしてみせると、リリアンナは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。けれどすぐに、表情がみえなくなるくらいに深く俯いた。
「……ん、なさい」
「何?そんな声じゃあ全然聞こえない」
「だ、だから!ごめんなさいって、言ったのよ!」
これは物凄い進歩なのかもしれないけれど、さすがにそれだけでは許せない。
「顔を上げてくれますか?」
なるべく穏やかな声色でそう言うと、リリアンナはそろそろとこちらを見上げる。まるで聖母のような微笑みを浮かべた私は、彼女のおでこ目がけて思い切り人差し指を打ちつけた。
「い、いたぁい‼︎」
「これはデコピンよ」
「デコ……、なに?意味が分からない‼︎」
女子のデコピンくらいで済ませてあげたのだから、むしろ感謝してほしいくらいだ。まぁ、たまたま爪が伸びているのはほんの少しだけ申し訳ない気もする。
「チョコレートの件だけは、本当に腹が立ったわ」
「えっ、他には⁉︎他にもたくさん嫌がらせしたのよ⁉︎」
なぜか私が責められて、非常に不本意だ。
「確かに死ぬほどうっとうしかったですけれど、はっきり言ってやり方がぬるいなって、ずっと思っていました」
「何よそれ、失礼ね!」
転生を10回繰り返したこの私を、あまり舐めないでほしい。リリアンナとして生きていた頃は、悪役令嬢アンドリッサからそれはそれはえげつない苛めを受けてきた。さすがに鞄に毒蛇が入っていた時は、どうやって調達したんだと感心さえしたものだと、妙に懐かしく感じた。




