不甲斐なさに落ち込むその人は。
「よし!では私、行ってきますね!」
指についたパンくずをぱっぱと払うと、勢いよく立ち上がる。その瞬間冷気を含んだ風が、まるで私の背中を押すかのようにびゅうっと強く吹いた。
「急に、どうしたというの?行くって、どこへ?」
「もちろん、ライバルの所です!」
「ライバルって……」
「報復がまだでしたので、一発。いや二十発くらい、がつん!とぶちかましてやります!」
アンドリッサと話すと、いつも元気が溢れる。冷静になれるし、勇気はもらえるしで、本当に国民栄誉賞を与えた方が良いのではと思うほど、彼女は尊い存在だ。
レグルスに取られてしまうと思うと、きい!っとハンカチを咥えて歯軋りしたくなるけれど、アンドリッサが自分で決めた道を友人の私が応援しないはずがない。
「待っていなさい、リリアンナ!」
「ちょ、ちょっとマギー!」
アクセル全開でその場を飛び出した私の背後で、普段滅多に声を荒げない彼女が「くれぐれも気を付けなさい!」と叫んでくれたことを、心から嬉しく感じたのだった。
リリアンナの居場所なんて、すぐに分かる。だっていつも取り巻きを引き連れているし、その子達が大仰に褒め称えているから目立つ。
私とアンドリッサがお気に入りなのは、園庭の端にある大きな木の下に置かれているベンチ。目立ちたがり屋のリリアンナは、人気のない場所には絶対に行かないだろう。私に嫌がらせをする時以外は、だけれど。
「単身乗り込んだところで、話を聞いてもらえないのは一目瞭然よね」
行く先々で向けられる好奇の目を無視しながら、一人でぶつぶつと呟く。親切なクラスメイトから聞いた話では、あのパーティーでリリアンナはほとんど目立たなかったらしい。極上の素材を台無しにしてしまうくらい、ふりふりでごてごてのドレスに身を包んでいる姿は、ちらりと見かけた。その後、チョコレートを台無しにしたことに対して文句を言ってやろうと思っていたのに、なぜだか寮でも姿を見かけなかった。今日の午前中も授業に出ていなかったし、もしかするといつもの場所にいない可能性もある。
「あの後ろ姿は……」
私が見つけたのはリリアンナではなく、彼女の幼馴染であるシャルロ・ダンテス。なぜか芝の上で膝を抱えて、寂しげに俯いていた。
ぽんと肩を叩くと、大げさに飛び上がる。悲鳴をあげられたことに驚いて、私まで奇声を発してしまった。
「シャルロさん、こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」
「マーガレット・フォーサス……」
「はい、そうです。なんだか久しぶりに話しますね」
リリアンナ信者でありながら、彼はどこか憎めない。何かと難癖をつけては私に突っかかってきていたけれど、そういえば最近追いかけてこないなと、今さら気付いた。
「いつもうんざりしていましたが、こうして顔を見ると嬉しいですね」
「マーガレット・フォーサス……」
先ほどから人のフルネームを連呼してばかりで、一体なんなんだと眉を顰めた。ぼうっとこちらを見上げていると思ったら、急に彼の瞳がうるうると潤みはじめる。
「えっ、もしかして泣いているの⁉︎」
「マーガレット・フォーサス!」
「だから、なんなのよ!」
まったくもう。と溜息を吐きながら、スカートのポケットからハンカチを取り出してシャルロに差し出す。なんと彼は、漫画やアニメの世界でしか見たことがなかった「借りたハンカチで盛大に鼻をかむ」という奇行に走った。
「す、すまない!こんなつもりじゃ……っ」
「別に構いませんけれど、先に涙を拭いた方がよろしいのでは?」
「あ、ああ」
今日のシャルロは、いやに素直だ。リリアンナ絡みで何かあってであろうことは明白で、非常に面倒だけれど無視も出来ない。
「仕方ないですね」
彼に倣って隣に腰を下ろすと、ぎょっとしたように目をひん剥かれた。
「お前は仮にも侯爵令嬢だろう!敷物もなしに地べたに座るなど、どうかしているぞ!」
「借り物で鼻水をかむ人に言われたくないです」
正論を言っただけなのに、なぜかまたしゅんと落ち込む。丸まった長躯が可哀想に見えて、思わずぽんぽんと背中を撫でた。
「マーガレット・フォーサス……」
「はいはい、もう好きなだけ呼んでください」
「俺は、俺は……っ!」
いつもの威勢はどこにもなく、聞いてもいないのに勝手に吐露し始める。こうなったらとことん付き合おうと、私は静かに耳を傾けたのだった。




