甘いひと時の、その後。
藍色の瞳は私だけを見上げ、愛おしげに潤んでいる。改めて想いを口にしたことで、元々綺麗な顔立ちの彼がさらに光り輝いて見える。しかも、ゲームシナリオをなぞらない形での告白は人生で初めてで、言い終えてから急激な羞恥に襲われた。
「あ、あの。そろそろ離れても……」
「そっか、そうだよね。いつまでもこんな風に甘えられても、迷惑だよね――」
「あっ、もういくらでも!私をお好きにしてください!」
切なげな瞳と蒸気した頬は、非常にずるいと思う。遠慮めいた台詞ではあるけれど、エドガーは誰よりも策士だと熟知しているから、これも完全に計算どうりなのだろう。
「ありがとう。マーガレットは、優しいなぁ」
「い、いえ。そんな」
「お言葉に甘えさせてもらおう」
私の腰からするりと腕を解いたと思ったら、今度は身長差を利用してすっぽりと胸に収めるように抱き締める。決して強い力ではないのに、体の全てがぴたりと密着していて、首を動かすことすらままならない。
「こ、この体勢は心臓に悪過ぎる……っ!」
彼の心臓も私と同じかそれ異常に激しい音を奏でているのだけれど、エドガーなら心拍数すら自由自在に操れてしまうのではと、沸騰しそうな頭でぼうっと考えた。
「本当はもっと君に触れたいけれど、それは全部片をつけるまで我慢するよ」
「さ、さすがはエドガー様」
「待てが出来る僕は偉い?」
「いえ。婚約者持ちとしてそこは当たり前かと」
いくらアンドリッサがエドガーを好きではなくとも、婚約者には変わりない。本来ならこうして逢瀬をしてくっ付いていることも、最低なのだから。もしも現代ならば、確実に週刊誌の餌食となってネットが大炎上していることだろう。
「もしも僕が暴走したら、今みたいに止めてね」
「聞くのが少し躊躇われますが、暴走とは?」
「軟禁、監禁、調教、洗脳、快楽堕――」
「分かりましたもういいですからそれ以上は止めてええぇ‼︎」
胸の中でじたばたと暴れる私はエドガーに宥めながら、耳元より少し上の位置で響く彼の嬉しそうな笑い声を聞きながら、幸せと切なさで胸が張り裂けそうな感覚に陥っていたのだった。
エドガーが私の為に用意してくれた最高の空間で、短いながらも二人だけの甘いひと時を過ごした。ふと我に返り、自分がチョコレートで汚れたコックコートにおでこ全開のハンチング姿だったことを思い出し、その場で全て剥ぎ取ってしまいそうになるほど恥ずかしかった。
けれどエドガーに「どんな姿でも愛おしい」と言われてしまえば、たちまち元気と勇気を取り戻す私は、現代の言葉で表現すると非常に「ちょろい」のだと思う。
その後彼だけが再び会場に戻り、私は簡単に着替えを済ませる。波乱だらけのパーティーはやっと幕を下ろし、私は現在エドガーから指定された学園の特別来賓室のソファーの端っこで縮こまっていた。
「め、面子が凄過ぎる……。私以外の」
「何?今何か言った?」
「独り言でございますのでどうぞお気になさらず」
もうコックコート姿ではないとはいえ、一人だけ場違いである為に震えが止まらない。今この場には我らが第一エドガーを始めとして、その婚約者であり由緒正しい公爵家のご令嬢アンドリッサ、そして帝国の第四皇子レグルスが堂々たる風格と威厳を飛ばしていた。
「そんな隅にいないで、もっとこっちへおいでマーガレット」
「い、いえあの。私などそこらのちりと思っていただいて結構ですので」
「何言ってんだ、お前。厨房で俺に啖呵を切ったあの時の威勢はどうした」
「その節は知らなかったといえとんだご無礼を、どうかご容赦くださいませ」
ああ、もしかしたらここは断罪場なのかもしれないと、顔から血の気が失せる。その様子を見た皇子は指を差しながら笑っているし、エドガーはずっと背中をさすってくれるし、アンドリッサは呆れ顔で腕を組んでいるし……。で、一体誰にどう反応すればいいのやら散々迷った挙句に、前世で培ったスキル「愛想笑いの後何かを探す素振りをしてその場をやり過ごす」を発動させた。




