水浸しチョコが華麗に変身しました。
あえて着替えることもせず、私はコックコートにハンチング帽を被り、せっかく綺麗に整えた髪も帽子の中に詰め込んで、おでこ全開でパーティー会場へと飛び出した。
「パティシエが出てきたぞ!」
「い、いやあれはまさか……」
もともと喧騒に包まれていた会場が、さらに騒がしく波紋を広げていく。特徴のない顔をしている私でも、しばらくすると「もしかしてマーガレット?」とさすがに気付かれた。
「マーガレット!君、その格好は……」
一番先に駆け寄ってきたのは、エドガーだった。荒い呼吸と、乱れた髪。どことなく煤けた匂いがするのは、気のせいだろうか。ドレスではない私の姿を見て、目を剥いている。
「エドガー殿下。今は説明している暇がありません。どうかお力添えを」
「ああ、分かった。何でも言って」
私の心情を瞬時に察した彼は、にこりと笑みを浮かべた。そして、私の頭に優しく手を乗せる。エドガーの澄んだ碧眼を見つめていると、不思議と手の震えが消えた。
「まず、全てのチョコレートを回収するようご指示を」
「任せて」
エドガーは、微塵も私のことを疑ってはいないらしい。当たり前のように、私の頼みを聞いてくれる。凛とした表情で、メイドや給仕係に指示を通していた。
「マーガレット、僕も手伝うよ!」
息を切らしたライオネルも、慌てて飛び込んでくる。なぜかエドガーと同じように、彼からも煤けた匂いが漂っていた。
「私も手伝うわ」
「もちろん、僕も」
アンドリッサとロイスも華麗に登場し、周囲は一層ざわざわと騒がしくなった。見目、地位共にそうそうたるメンバーが軒を連ねる中で、その中心人物ただ一人だけが異質。地味で冴えないモブ令嬢……、というよりなぜコック姿?という疑問が浮かんでいることだろう。
「軌道修正に取り掛かります!犯人の思い通りにはさせませんからね!」
リリアンナが聞いているのかいないのか、私は大声を上げて右腕を天高く突き上げたのだった。
こうして、あの性悪女の手で台無しになってしまった可哀想なチョコレート達は、私の振り絞った知恵と有能なパティシエの力によって、見事に息を吹き返した。
「さぁ、皆様。先ほどはお騒がせ致しました。どうぞ、この幻想的で確信に満ちたデザートを心ゆくまでお楽しみください!」
「これを口にした令嬢はきっと、明日からさぞ自慢できることでしょう。学園の生徒でなければ、決して口には出来い代物です」
エドガーとアンドリッサの二人が、優雅に腕を組みながら目の前のそれを指差す。水浸しのチョコレートは半分以上が無駄にはならず、濃厚な『チョコレート・ムース』へと変貌を遂げ、その他にも『ホットチョコレートドリンク』や『チョコレートフォンデュ』などの美味しいデザートを作ることに成功した。
本来ならば全てミルクや生クリームなどを使うのだろうけれど、帝国のチョコレートはカカオの割合が多くその質も最高級。
しっかりとした品質検査がこんなにも短時間で可能だったのは、エドガーやアンドリッサの力。やはり、権力と人脈の恩恵は偉大らしい。毒物や異物などの混入は見られず、ようするにただ水をぶっかけられただけという幼稚な犯行。理由は、私が水魔法の使い手だからなのだと容易に想像がつく。
エドガーの手前、全てをぶち壊すほどの派手なことは出来ない。ただ私にほんの少しでも嫌疑がかかれば、それで良しといったところ。
もちろん、リリアンナの思い通りになんてさせない。けれど私は、これを自身の手柄として押し出す気はさらさらなく、全て彼の功績にしてほしいとレギーに懇願した。なぜか微妙に嫌な顔をしつつも「分かった」と頷いてくれたので、ほっとひと安心。
パティシエリーダーではなくレギーに話を通すことに、最早何の疑問も抱かなくなってしまった。一流の腕を買われた、影の支配者といった立ち位置なのだろう。
「ま、まさか……。あんな格好をして厨房で手伝いをしているなんて、誰が予想出来るっていうの?」
「もっと詳細を聞いていれば、加担しようなんて思わなかったのに……!」
生まれ変わったチョコレートデザート達を、私の仕業だと騒ぎ立てていた連中が驚愕の表情で見つめている。
リリアンナの口車やその可憐さ、あるいは見返りに騙され、ほんの少しくらいならと安易に提案に乗った人達。今や、デザートを配り歩く私にも聞こえるようにぶつぶつと恨み言を呟いているその姿は、滑稽でもあり哀れでもある。
「さすがはエドガー様!まさかこんな風に生まれ変わらせてしまうとは!」
「こんなに刺激的なデザートは初めてです。それに、この世のものとは思えないくらいおいしい」
ライオネルやロイスが、自ら率先してぱくぱくと食べてくれる。美男子二人がそんな風に振る舞うので、最初は彼らに良く思われたい女生徒達がおそるおそるといった様子で手に取り始めた。




