情熱のぶつかり合い。
厨房へと一歩足を踏み入れると、そこはもう戦場さながらだった。忙しいだろうと思っていたけれど、私の想像の十倍は殺伐としている。どこぞの貴族様が何の用だと、一際コック帽の高いシェフに睨みを効かされた。
「実際のこのくらいにも、帽子ってあったのかしら。その場合、やっぱりより高さの高い人が偉いとか?」
そもそもファンタジー風味の世界なので、史実と比べることすら間違っている。乙女ゲームは、なんとなくのふわっとした非日常感を感じられれば、それで十分なのだから。一番はキャラ立ちの重要度であり、その点において「死ニ愛」は私にとっては完璧。当時ネット界隈では「死ねばいいってもんじゃない」と軽く炎上したけれど、そういうコンセプトの元で生み出された作品なのだから、そこに文句をつけるのは非常にナンセンスだ。そもそも――。
「おーい、マーガレット。ちゃんと生きてる?」
ふと気が付くと、ロイスが私の眼前でひらひらと手を振っている。つい我を忘れて、この乙女ゲームについて脳内で熱く語ってしまった。私は慌てて表情を取り繕うと、今一度気合を入れ直す。
「すみません。何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「ああ?手伝いだと?そんな可愛らしいドレスを着たご令嬢が?」
「すっかり汚れてしまう前に、ここから出た方がいいですよ」
ぴりぴりしているからか非常に冷たく、思わずむっとしてしまう。が、同じ状況に立って考えてみるとすぐにそんな感情は吹き飛んだ。
前世で勤務していたチョコレート工場では、当たり前ながら清潔な白衣に身を包み、フルフードで髪の毛の一本すら外に出ないよう配慮していた。そんな場所にいきなり最新ファッションのギャルが現れて、パーツのごてごてした爪で「何か手伝うよん」なんて言われたら、絶対お断りだと思ってしまう。
私が今しているのは、つまりはそういうことなのだ。恐らくは。
「お忙しい中邪魔をしてしまって、申し訳ありませんでした。厨房の外で何かお手伝いが出来ないか、探してみます」
「おい、ちょっと待て」
コックコートに分厚い眼鏡をかけた一人の男性に呼び止められたと思ったら、間髪入れずに口に何かを押し込まれる。反射的にもぐもぐと口を動かしたら、甘さと酸味の絶妙なバランスが口いっぱいに広がった。
「お、おいしい……。なんて素晴らしいのかしら。これは私の想像以上だわ……!」
それはオランジェットで、この世界にはなかったチョコレート菓子。我が国は比較的に気候が安定していて、周りを海で囲まれているから海面の反射熱もあって果物が育ちやすい環境にある。
オレンジピールとチョコレートを合わせようという提案は、最初大批判を受けたみたいだけれど、シェフやパティシエを説得してくれたのはエドガー殿下だった。
彼のおかげで、オランジェットだけでなく他のアイディアを取り入れたチョコレート菓子も、作ってもらえることが出来たのだった。
「このほのかな苦味が、たまらなくクセになるのよね……」
うっとりと咀嚼した私は、反射的にあーんと口を開けてしまう。瓶底眼鏡のシェフは一瞬動きを止めた後、それはそれは大笑いし始めた。
やたらと背が高く、コックコートを着ていてもすらりとしたスタイルであることが分かる。後ろで一つに纏めていりスカーレットの髪が、ゆらゆらと楽しげに揺れていた。
「頭のおかしい組み合わせを提案する女はどんなものかと思ったが、想像以上だったな」
「あ、頭のおかしい⁉︎」
この国ではそう捉えられるのだろうか。何十年以上も人生を繰り返しても、いまだに世界設定は謎だ。というより、あくまで恋愛メインの乙女ゲームであるから、細かい部分はご都合主義的なあれなのだろう。
「私をご存知なのですか?」
「ああ、もちろん。フォーサス家のご令嬢で、噂に違わぬ平凡な顔だな」
「……不細工と言われないだけましなのかしら」
鼻を鳴らして憤慨するライオネルを両手でどうどう、と落ち着かせながら、この方は一体何者なのかと首を傾げた。
「オレンジの皮を砂糖で煮ようだなんて、普通は考えないだろう。頭の中は一体どうなってんだ」
「私は、チョコレートがとても好きです。ですから、その良さを最大限に引き出せるような組み合わせを、いつも考えているのです」
「ふぅん。変わってんな」
「特に帝国産のカカオは最高級で、これまで食べたどのチョコレートよりも香り豊かで美味でした。確かに、頭がおかしいと思われても仕方がありませんが、それを無駄にするようなことは絶対にしないと誓います」
彼はきっと、誰よりも熱い魂を宿した料理人なのだろう。小娘の遊びに付き合わされたと気分を害しても、仕方のないことなのかもしれない。
私ももっと、きちんと説明する努力をすればよかったと、今さらながらに後悔した。




