リリアンナははっきりとしている。
「ノチェスさんの鼓動は、とても健気ですね。小さくて、早くて、可愛らしい。それがぴたりと止まってしまうなんて、そんなことは想像したくもありません」
「や、止めて。今すぐに、離れなさい……!」
どん!と勢いよく突き飛ばされ、私の体は大きくよろめく。少々脅し過ぎてしまっただろうかと、リリアンナ相手だとしても素直に申し訳なく思った。
「お互い、命は大切にしなければ。一度失えばもう二度と、生き返ることなんて出来ないのだから」
「あ、当たり前でしょう!貴女、ちょっとおかしいんじゃない!?」
まぁ、完全には否定出来ない。かつての私はリセットに慣れ過ぎていて、人生の尊さを忘れていた。
だからこそ、今は絶対に死にたくないと思う。みっともなくても、地に這いつくばってでも、幸せな人生を手にしたい。
それに死んでしまったら、もう二度と大切な人達に会えなくなる。想像しただけで、つい奇声を上げて猛ダッシュしてしまいそうになった。
「と、とにかく!」
明らかに私に対して怯えていたリリアンナが、形勢を逆転しようと咳払いをしてみせる。艶やかな薄桃色の髪をふわりとかき上げ、純度の高いイエローアンバーによく似た瞳をかっと見開いた。
威嚇しているつもりなのだろうが、いかんせん顔立ちが可愛らしい為に、ちっとも恐怖を感じない。
「私は絶対に、エドガー様の婚約者の座をコンドルセ様から奪ってみせるんだから!貴女なんて、眼中にないのよ!砂つぶほどの価値しかないわ!」
「砂つぶを甘く見ない方がいいわよ。貴女のその大きな瞳の中に飛び込んで、ねちねちと微妙な不快感を与え続けるわ」
「ふんだ!」
ちょっと、それはいくらなんでもあざとさが過ぎやしないだろうか。雪のように白い肌を紅く染めて、ぷくっと膨らませて、拗ねたようにそっぽを向く。
もし私が男だったなら、リリアンナの我儘を嬉々として受け入れたかもしれないと、彼女の横顔をまじまじと見つめた。
「あの、ノチェスさん。一つ質問してもよろしいですか?」
「なによ!」
「もしかして、地位のある方なら誰でも良いのでは?」
非常に失礼な質問を、あえてさらりとしてみせる。案の定彼女は、形の良い眉をこれでもかと吊り上げた。
「バカにしないでちょうだい!私に釣り合うような美男子という条件付きに決まっているでしょう!」
「ああ、はいはいそれは失礼いたしました」
こういう潔いところは、認めてあげてもいいかもしれない。とはいえ私は悪役令嬢推しであるので、アンドリッサに害をなすものはもれなく大嫌いなのだ。
それはさておき、結局エドガーを本当に好きだと思っているのは、私だけだということか。いや、他にも知らないところで彼に心を奪われている女子生徒は大勢いるだろうけれど。
「死ニ愛」の中のエドガーは、誰も本当の自分自身を見てくれないことが、本当は辛くて仕方なかった。誰にも打ち明けられなかった想いを受け止めたのは、ヒロインただ一人。彼にとっては、最愛の人と共に死ねることは幸福以外の何者でもない。何人たりとも邪魔することの出来ない、二人だけの世界。
「……だったら、私もそうしてあげたい」
思わずぽつりと呟いて、すぐにぶんぶんと頭を左右に振る。ついヤンデレ思考に引っ張られてしまうから、よくよく注意しなければ。
「いやだわ、変な人」
リリアンナはまるで脚の多い虫でも見るような視線を私に向けると、もう用はないとばかりに踵を返して去っていく。あまり生産性のない時間だったと思いながらも、彼女がエドガーを地位でしか見ていないとはっきり知れたことは、良い収穫だった。
彼は、そういう人間を絶対に好きにならない。こんな風に安堵する私は性悪だけれど、これが本心なのだ。
「とにかく今は、チャリティバザーに向けて全力でアイディアを練らないと!」
リリアンナの方を見ることもなく、私はただ広い空を見上げる。秋の風はひんやりと冷たく、火照った頬を冷ますのにはちょうどよかった。




