屈託のない笑顔。
後日また詳しい話し合いの場を設けることとなり、私はロイスと共に教室から外へ出る。一気に力が抜けてしまい、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「大丈夫?マーガレット」
「ええ、ごめんなさいロイス」
「僕は構わないけど」
こちらへ伸ばされた彼の手を取ろうとした私の体は、なぜか突然宙へと浮く。完全に体が固まり、指先さえ動かない。人間、本当に予測不可能なことが起こるとどうにも対応出来ないらしい。
「僕が君を運ぶよ」
「エ、エドガー様……!?」
耳元で響く聞き慣れた声に、私はぱっと視線を向ける。なんと彼は、しゃがんでいた私をいとも簡単に姫抱きしていたのだ。
「落としたりしないから安心して。こう見えても、結構鍛えているんだ」
「い、いや。そういう問題ではなく」
尋ねたいことは多々あれど、一国の王子にさせるようなことではない。歩けるから降ろしてと何度懇願しても、エドガーは涼しい顔でそれを跳ね除けた。
「エドガー殿下。僕が代わりに」
「その必要はないよ。彼女は僕の友人だ」
「ですが」
「ありがとう、ロイス。何も問題ない」
にこやかな表情を崩さないまま、彼はぴしゃりと語尾を切る。ロイスはそれ以上何も言わず、恭しく礼をするとその場から去っていった。
「さぁ、行こうか」
「あの。私本当に具合が悪いわけでは」
「まぁまぁ、いいからいいから」
ああ、とても既視感がある。最近距離を置かれていたから失念していたけれど、エドガーは本来こんな風にいつも強引だった。
アンドリッサやライオネルがいてもお構いなしに私のパーソナルスペースに入ってきて、にこにことこちらを見つめているような。
なんだか懐かしく感じて、私はそれ以上の抵抗を止めた。エドガーは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、軽快にどこかへ向かって足を進めていた。
「さぁ。着いたよ」
「あ、ありがとうございます」
少しの息切れも見られないエドガーは、寮門前でゆっくりと私を下ろす。結局ここまで、彼に抱えられたまま。当然私達は大注目で、目撃者の中にはリリアンナの取り巻きの姿もちらほら。
明日また盛大に罵声を浴びせられるのだろうと思いながらも、私の胸の中は別の感情に支配されていた。
「殿下の手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「気にしないで。僕達は気心知れた仲じゃないか」
さらりと言ってのけるその台詞が、小さな棘となり私の心に刺さる。先ほどもロイスに対し「友人だ」とはっきり口にしていた。それは当たり前のことなのだけれど、エドガーを好きだと自覚した今、気持ちばかりが先行してしまう。
「辛いようなら、寮母に相談して常駐医を呼んで」
「本当に平気です」
深々と頭を下げた後、遠慮がちに彼の瞳を覗き込む。藍色に真紅の夕焼け空が映り込んでいる様子は幻想的で、思わず吸い込まれるように見つめてしまった。
「どうかした?マーガレット」
「なんだか感慨深くて……。離れがたいと思ってしまいます」
半ば無意識に縋るような台詞を口にしたことを、瞬時に後悔する。エドガーの表情は寸分も変わらず、にこりと人当たりの良い笑みを浮かべるだけ。
「さぁ、気を付けて帰って」
「は、はい。本当にありがとうございました。パーティーの件も、全て殿下のおかげです」
「むしろ君のアイディアに助けられたのは僕達の方だから、感謝すべきはこちらだよ」
やはり、どことなくよそよそしい言い方。一年前までとは違うやり取りに、心臓の奥が痛む。
アンドリッサに打ち明けたことを、後悔はしていない。エドガーとリリアンナが結ばれてほしくないと思うこの気持ちも、結局は独占欲でしかない。
シナリオがどうだとか、そんなことよりも。私が彼が好きだから、一緒にいたいと思う。死にたくないし、絶対に死なせたくない。
「あの、エドガー様。このチャリティバザーが終わったら、聞いていただきたいことがあります」
「ああ、うん。分かった」
「私は、微力ながら全力でお手伝いいたします。必ず、成功するように」
特筆すべき美点のない、平凡なマーガレット。それでも私は、この体に出会えて良かったと胸を張って言える。
「頑張りましょうね、エドガー様」
精いっぱい可愛く見えるよう、ふわりと笑顔を作る。軽く頭を下げ、振り返ることもないまま私はその場を後にしたのだった。




