相性は最悪。
エドガーに想いを伝えると決めてから、早数日が経つ。私達は毎日のように顔を合わせているのに、なぜか二人きりになれない。
「やあ、マーガレット」
「あ、あの!エドガー様」
「見て、あそこに珍しい蝶々がいる」
貴方って、蝶に興味がありましたか?と、そう尋ねたくなるのをぐっと堪え、にこやかに彼の指差す方を見つめる。
「本当、綺麗ですね。ところで本日……」
いない。先程のエドガーは幻だったのではと錯覚してしまいそう。だって、これっぽっちの痕跡もなくどこかへ消え去ってしまったのだから。
彼が私を曖昧に拒絶したあの日から、エドガーは薄くて分厚い壁を築いた。それは、私が思っていた以上に破壊困難らしい。一年以上もその態度を貫いているなんて、ちょっと執念深すぎやしないかと思わなくもないけれど、嘘を吐いた私にも非がある。だからここは、慎重にかつ大胆にエドガーにぶつかり、魔石のように美しく散ってみせようと思う。
いや、出来ることなら散りたくない。彼と一緒に幸せになりない。願うだけなら、それは私の自由だもの。
「あちらへ行きなさい!マーガレット・フォーサス!」
「……げろげろ」
「あら、いやだ。見た目だけでなく鳴き声までカエルみたいね!」
リリアンナという獰猛な番犬が、今日も目を光らせている。今にも私に噛みつきそうになるのを、傍にいたシャルロが慌てて止めた。
「なによ、シャルロ。まさか、この子を庇うつもり!?」
「そ、そんなわけないだろう!リリアンナが相手をするまでもない小物だって言いたいんだ!」
「まぁ、それは最もね」
「だろ?バカバカしいにもほどがあるよな!」
ふふんと鼻高々に笑うリリアンナは、普段と変わらずとても可愛らしい。自分が彼女として生きていたころは、毎日鏡を見るのが楽しくて仕方なかった。
周囲からは常に好かれ、学園に入学してから平民だとバカにされるようになっても見目麗しい攻略対象達が身を挺して庇ってくれた。しかも、魔法の才にも長けている。
全てにおいてイージーモードだった為に、誰かを傷付けようなどという考えは、全く浮かばなかったのだ。自分に余裕があればあるほど、他者には親切にしたくなる。
だからといって、平々凡々な侯爵令嬢マーガレットとして生きている今も、そんな考えは一切ない。つまりは、境遇など関係なくただリリアンナの根性が捻じ曲がっているだけ。
「バカバカしいだなんて、よくも……」
「あ、いや、ちが、俺は」
「ダンテスさんが私をどう思っていらっしゃるのか、よおく分かりました」
「お、おい待て!」
あまり苛めると可哀想だけれど、反応が可愛いのだから仕方ない。心中では怒っても悲しんでもいないけれど、シャルロをからかう為にわざとそれっぽく振る舞っている。
彼は、幼馴染であるリリアンナのことが好き。だから彼女の味方をするのは、当然のことだ。チョコレート仲間として、私のことを憎みきれていないのも知っている。彼の頭の中が透けているようで、笑いを堪えるのに苦労する。
「そういえば。私、ノチェスさんに伝えたいことがあったのです」
表情を一変、すうっと色をなくし彼女を見つめる。
「なによ。エドガー様は絶対に譲らないから」
「そうではありません。貴女以前、私の大切なアンドリッサ様に噛み癖のある猛犬をけしかけようとしましたよね?」
「い、一体何のことかさっぱり分からないわ!私がやったという証拠はあるのかしら」
私にとっての救いは、リリアンナが狡猾ではない点だろう。こんなにも態度に出やすくて大丈夫なのかと、むしろ心配になってくる。
「では、その犬をここへ連れてきましょうか?賢い子だったので、ノチェスさんを覚えているかもしれません」
「賢い?あれが?冗談じゃないわ!」
「あら、よくご存知で」
くすりと笑ってみせると、彼女は途端に顔を真っ赤にして怒り出す。
「こうして見ると、お顔もそっくりだったような」
「ふざけないで!私の鼻はあんな風につぶれていないわ!」
「まぁ、そうでしたか」
もはやわざとなのかと思うほどで、これ以上付き合いきれなくなった私は、ずいっと顔を近付けた。
「アンドリッサ様に手を出したら、貴女の鼻の穴は本当に上に向くことになるわよ」
「な、な、な……っ」
「私が気に食わないなら、正々堂々と戦うことね。いくらでも相手になってあげる」
ふんすと鼻を鳴らして、私はくるりと踵を返す。最後のついでに、シャルロに向かってべっと舌を突き出した。
「まったく、とんだ人だわ!とても侯爵家の令嬢とは思えない!あんな人が姉なんて、ライオネルもお気の毒ね!貴方もそう思うでしょう、シャルロ!」
「あ、ああ。そうだな」
「なによ、その気のない返事は!幼馴染である私が酷い侮辱を受けたのよ!?もっと心配してよ!」
「ご、ごめん」
背中越しに何やら金切り声が聞こえたけれど、私には何の関係もない。
「覚えていなさい、マーガレット・フォーサス!近いうちに、目に物見せてやるんだから!」
思い切り爆弾を投げつけられたので、もう一度戻って平手打ちでもかましてやろうかと思ったけれど、私はそれをぐぐっと堪えた。




