マーガレットとして生きてから。
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あっという間に月日は流れ、早いもので私がマーガレット・フォーサスとして目を覚ましてから三年の月日が流れた。九歳となった私は、王都にあるフォーサスの屋敷でのんびりと暮らしていた。
侯爵である父ダニエルが領主を務めるフォーサス領には魔鉱山というものが点在していて、通常の鉱だけでなく魔鉱石の採掘が盛んだ。魔鉱山のせいか、土壌が悪く毎年作物の実りが期待できない我が領では、父が交易関係についても盛んに取引しているらしい。特に魔鉱石は貴重で高値がつく為、領民達の生活も他領よりも潤っているとのことだ。
「お嬢様。そろそろお茶の時間にしましょうか」
私の専属侍女であるメリルが、ダンスレッスンを終えた私の元へとやってくる。それに嬉々として返事をしながら、音楽教師であるニナ先生もぜひにと声を掛けた。
「マーガレットさんはピアノの筋がとても良いですわ」
「ありがとうございます、先生」
麗らかな午後の日差しが差し込むオランジェリーにて、私達はゆったりとした時間を過ごす。お母様は基本的には優しいけれど、私に対する淑女教育には余念がない。可愛い我が娘に少しでも良縁を、その為にはまず自身が教養を身につけなければと、ガヴァネスや各分野のチューターを付けた。
これが前世モブにすらなれなかった私には相当厳しく、慣れるまでに何度熱を出したか分からない。「ゲームシナリオに沿う為」という理由付けがなければ、元の人格が前に出てくるらしい。
もしもあの時死ななければ、きっと私は今もたった一人ベッドの上でゲームに興じていただろう。誰からも必要とされず、いつか寿命が尽きて部屋で孤独死という未来は、実に現実味のあるビジョンだ。
「お姉様!」
ふと感慨に耽っていると、肩を優しく叩かれる。顔を上げると、ライオネルがにこりと微笑んでいた。
「これ、今しがたお父様の従者に渡されたんだ。上質なチョコレートが手に入ったからって」
「チョコレート!」
その甘美な響きに、思わず立ち上がる。なんせ前世はチョコレート工場勤務、三食これでも構わないほどに好物なのだ。この世界ではカカオが高級品で、質の良いものはあまり手に入らない。初めて口にしたチョコレートドリンクがスパイシーだった時の衝撃は、今でも鮮明に口内に残っている。
異世界設定なのだから、その辺りもっと融通の聞くようにしてもらいたかったと、製作陣に対し身勝手な要望を嘆いたこともあったと、妙に懐かしく思った。
「早くお姉様にあげたくて、走っちゃった」
「ライオネルは本当に良い子ね。凄く嬉しいわ」
「へへ、良かった。元気がないように見えたから」
息が切れているのを隠したいのか、鼻が膨らんでいるように見える。頬を赤く染め私以上に喜ぶ弟の姿を見て、今すぐに抱き締めて頭を撫で回したい衝動に駆られた。
「丁度良かった。ライオネルも一緒に食べましょう」
「いえ、僕は」
「皆で食べた方がおいしいわ」
私が何か言うよりも先に、メリルが彼の分を用意していた。手を引いてそこに座らせると、恥ずかしそうにもじもじしてみせる。
「嬉しいです、お姉様」
「ふふっ、良かった」
仲睦まじい姉弟のやり取りに、その場にいた誰もがほっこりと胸を温めたのだった。