貴女は私の光。
「申し訳ありません、アン様」
「何を謝る必要があるの」
「貴女に嫌われたらと思うと……」
前世の記憶があるなど、予知夢よりずっと酷い。それでも彼女は決して笑わず、至極真面目な表情でぴん!とデコピンをかまされた。
「い、痛い!」
「バカね、マギー。私が貴女を嫌いになると、本当にそう思っているの?私を助ける為の行動なのでしょう、もっと堂々としなさい」
「ア、アンドリッサさまぁ……っ!」
おでこの痛みも忘れ、私は彼女に抱きついた。
「暑いから離れなさい!」
「どうしてもダメですか?」
「し、仕方ないわね。少しだけよ!」
ふんとそっぽを向いた拍子に、アンドリッサの耳元が露になる。ほんのりと赤く色付いているそれを見て、愛しさで胸がいっぱいになった。
その後、改めて順を追って説明する。アンドリッサは「分からないけれど分かったわ」という謎の台詞を口にした。
「あの、怒らないのですか?」
「怒る?なぜかしら」
「私が、エドガー様を好きだから」
もごもごと歯切れの悪い言い方をする私に、彼女は溜息を一つ。
「私があの方に恋愛感情を抱いていないことは、貴女が一番よく知っているはずよ」
「ですが、この間偶然聞いてしまって……」
「この間?」
アンドリッサは視線を上に彷徨わせ、記憶を辿るような仕草をしてみせる。しばらく経って、ああ。と思い出したように手を叩いた。
「私の口からは言えないわ」
「どうしてですか?」
「それは卑怯というものでしょう?貴女は、エドガー様に嘘を吐いたままなのよ」
そう指摘されると、ぐうの音も出ない。確かに私は、もう何度も彼を突っぱねている。そのくせ、距離を置かれると辛いだなんて、自分勝手にも程がある。
「やっぱり私、貴女に怒ることにするわ。だって、シナリオがどうのと言い訳をして、一番大切なものを殺そうとしているのだから」
「一番大切なもの……」
彼女の言葉を反芻し、心中で噛み締める。自然と顔が下を向いた。
「決意を固めたから、私に打ち明けたのでしょう?だったらそんな顔をしていないで、堂々と胸を張りなさい」
仮にも、私は貴女の婚約者を奪おうとしている立場。アンドリッサの優しさが胸に沁み、気を抜けば泣いてしまいそうになる。
「今までずっと、自分の人生にもシナリオがあればいいのにと思っていました。何度も間違えたし、悩んだし、結局答えは出ないし。だけど、それに抗おうとしたからこそ、私は今ここにいる」
あの時、最後まで諦めなかった。死ではなく生を選択し、大切な人を守ろうと必死に戦った。
「言い訳ばかりしていないで、何もかもこの手でぶっ壊してやります!」
大好きなエドガーの為、マーガレットである自分自身の為、私は手を伸ばすのだ。この命を賭けてでも、彼との未来を手に入れる。
「諦めてはダメよ、マーガレット。貴女が私の、光となるのだから」
「アンドリッサ様……」
「私も、シナリオ通りの人生を捨てるわ。貴女と一緒に、やりたいことを思いきりやりたいの」
「ええ、そうしましょう!私は何があっても、アン様の味方です!」
今は、ハンカチをアンドリッサに貸している。涙を流しても拭くことは出来ないのだから、もっと先に取っておかなければ。
「アン様に、一番に話したかったのです」
「その気概は認めてあげる」
「えへへ……」
つんと顎を上げる姿に、私はふにゃりと微笑む。次に大嫌いな顔を思い出し、思いきり眉を寄せた。
「ノチェスさんとも話さなくちゃいけませんよね」
「侯爵家の令嬢らしからぬ顔をしないで」
「だって……。彼女が私を認めてくれるはずがないから」
心の底から、エドガーのことが好きなのだろうか。それは本人にしか分からないけれど、たとえそうでも渡したくないと思ってしまう。彼は私のものでもないのに、随分とエゴイズムの過ぎる考えだ。
「あら、認められる必要などないわ」
さらりと言う彼女に、私は思わず苦笑いを浮かべた。
「貴女が本当に話をすべき相手は、エドガー様ただお一人よ」
「それはそうかもしれませんが……」
「後のことなど、全て丸投げしてしまえばいいの」
アンドリッサらしからぬ台詞を聞いた私は、思わず瞬きを繰り返す。もちろん、彼女のように長く艶やかな睫毛ではないので、バサバサと音が立つこともない。
「リリアンナって、陰湿で意地悪でいけ好かないのに、行動がワンパターンなんです。罵るだけ罵って去っていく、というよりそれ以上はしてこなくて」
「その言い方だと、もっと過激なことをされたいようにも聞こえるわ」
「だってそうすれば、こちらの正当防衛が成り立つかなと」
外見も内面も完璧な、女神のごとき麗しいリリアンナをあんな性悪に変えて、私は腹立たしくて仕方ない。けれどそれは、きっと彼女の方も同じ。火事で命を落とすはずだったマーガレットが生きていることで、エドガーに出会うはずのイベントが起こらなかった。
それはきっと、リリアンナの人生にとってとても大きな影響を与えたのだろう。だって、伯爵令嬢としてノチェス家の養子にまでなったのだから。
全ては、エドガーを手に入れる為。平民のままでは、どうあっても彼との結婚は不可能。だからこそ、ゲームでの二人は死を選んだ。
「リリアンナにも、シナリオは存在しないということなのね」
ぽつりと呟いた私に、アンドリッサは何も言わずただ空を見上げている。
「もしかしたら、私はバグみたいなものなのかもしれない」
それがどのような影響を及ぼすのか、誰にも分からない。もしも今この瞬間がシナリオ通りだったとしても、私はもう従わないと決めた。
「貴女が何者でも、私達は永遠に友人よ。マギー」
「アン様……、大好きです」
泣くな泣くなと、必死に言い聞かせる。彼女はまるで我が子にするように「仕方のない子ね」と、慈愛に満ちた瞳で私を見つめた。




