掌に、こっそりひと粒。
「フォーサスさんって、人のものを奪うのが趣味なの?」
「わ、私はそんな……っ」
「どうせロイスにも、私の悪口を吹き込んだんでしょう?最近冷たくなったと感じていたけれど、貴女のせいだったのね」
酷い、酷いと哀しげに連呼するリリアンナは、完全に悲劇のヒロイン。私は悪役令嬢の取り巻きAとして、本来なら名前すらもらえない端役に過ぎない。
「エドガー様は、どうか騙されないでください。フォーサスさんの言うことは、全てデタラメなのですから」
「私は、ノチェスさんの悪口を吹聴したことなんてない!」
「ほら、早速嘘を吐く。そうやって男性の気を引こうとして、浅ましいったら」
ああ、面倒だ。こんな風に自分を悪く言われることには慣れっ子なので、反論しようとも思わない。
「仲睦まじいのは結構だけれど、ロイスと貴女は釣り合わないわ」
「良い加減にしてください。これ以上は聞くに耐えません」
綺麗なオッドアイが、嫌悪に歪んでいる。ロイスは私を庇うように前に立ち、リリアンナを睨めつけていた。
「人を貶める発言ばかり、恥ずかしいと思わないんですか?」
「な……っ、わ、私は被害者なのよ!?」
「だったら、証拠を揃えて然るべき機関へ提出したらいい」
まさか、庇ってくれるとは思わなかった。アンドリッサ大好き同盟の絆は、どうやらロイスにとって大切なものらしい。私がというより、彼女の友人を悪く言われる、という構図が許せないのだろう。
「もう良いでしょう。貴女がなぜこの場所へ僕を連れて来たかったのか、大体分かった」
リリアンナは形の良い眉を吊り上げ、さらに反論しようと口を開いた瞬間、これまで静観していたエドガーが割って入る。あくまで中立の立場を崩さない彼は、こちらをちらと一瞥しただけ。
「友人同士の握手に目くじらを立てることもないよ」
「で、ですが……っ」
「もう夕食の時間になるし、早く戻ろう」
懐から懐中時計を取り出し、かちゃりと蓋を開く。たったそれだけの動作が、まるで観劇のワンシーンのように美しく見えた。
「じゃあ、またね」
私は碌な挨拶も出来ないまま、エドガーは横をすり抜けていく。その傍を歩く不貞腐れたリリアンナに気付かれないよう、彼の綺麗な指が私に触れた。
「転ばないよう、気を付けて」
「……はい、殿下」
私の掌には、チョコレートの包み紙。昔から、いつも取り寄せてはプレゼントしてくれた、シンプルなそれ。溶けてしまうと分かっていても、ぎゅうっと抱き締めずにはいられなかった。
「僕達のこと、誰かに尾けさせてたんだ。でなきゃ、こんなにタイミングよく現れない」
「ええ、確かに。ノチェスさんならやりかねません」
卑怯な彼女は、何としてでも私を排除したいらしい。
「エドガー殿下はアンドリッサ様の婚約者なのに、よくあんな風に出来るよね」
背中を見送るロイスが、ぽつりと漏らす。先ほどまでの伸びた背筋はどこへやら、神秘的なオッドアイは穏やかな輝きを放っている。
「……そうね。ベスターさんの言う通りですわ」
以前偶然居合わせた時、二人の婚約話はつつがなく進んでいる様子だった。私のこの想いも、リリアンナのしている行動と何ら変わりはない。
「僕なら、好きな人を困らせたりしない」
「私は……、自信がありません」
「マーガレットにも、好きな人がいるの?」
いつの間にやら、彼は私を名前で呼ぶことにしたらしい。ことりと首を傾げるロイスに、私は静かに頷いた。
「たとえ叶わなくても、構いません。だけどこの気持ちを、殺したくないと思ってしまう。自分勝手だと分かっているけれど、ちゃんと伝えたいんです」
「凄いよ、君は。勇気のある人だ」
彼の表情は、どこか憂いを帯びている。叶わない恋に身を焦がす私を、自身と重ねたのだろうか。
「私はずっと、間違えてばかりだから」
「そんなの当たり前だよ。物語のように、シナリオがあるわけじゃないんだから」
夕暮れの匂いと共に、一陣の風が吹き抜ける。ロイスのその言葉を聞いて、私は噛み締めるように「そうですね」と呟いたのだった。




