シナリオを覆すということ。
「……エドガー様のことが、好きなくせに」
いつから、気付いていたのだろう。膝を抱えて俯く私の頭を、ライオネルが優しく撫でてくれる。
「マーガレットには特別な才能があるから、躊躇しているんでしょう?エドガー様を選んだら、周りを不幸にするって」
予知夢を見ることが出来るなどという突飛な話を、ライオネルは信じてくれた。だからこそ、あの事件を防ぐことが出来たのだ。ライオネル、アンドリッサ、そしてエドガー。彼らがいなければ、私はとっくに焼け死んでいた。
「ねぇ、マーガレット」
温かな掌の感触に、私はそっと目を閉じる。髪の毛を指で掬いながら、ライオネルは柔らかな口調で続けた。
「確かに、僕はマーガレットの予知夢に助けられた。だけど、完璧に予想出来る未来なんかない。変えたいって思えば、それはいくらでも変えられる。だって、人生に用意されたシナリオはないんだから」
彼の言葉は、ぐにゃりと形を変えて私の心を深く抉った。まっすぐと突き刺さるには、もう死に過ぎた。シナリオ通りに生きて、シナリオ通りに生を終える。それを幾度となく繰り返して来た私にとっては、敷かれたレールの上を走るのは当たり前のこと。
あの時抗えたのは、家族の為だった。今度またもがけば、次はどうなるか分からない。実際、私という存在のせいでリリアンナはああなってしまったのだから。
「怖がっちゃダメだよ、マーガレット」
「ライオネル……」
「自分が幸せになることも、ちゃんと考えなきゃ」
私を安心させようと笑う弟を見て、堪らない気持ちになる。いつしか自分が守られていたことに、愚かな私は気付けなかった。
「……もう、どうしようもないわ。だって、エドガー様は私と距離を置いているんだもの」
傍目には分からなくとも、私には感じる。あの日二人きりの教室で、嘘を吐いた。エドガーにも幸せになってほしいと願ったはずなのに、死ぬことが怖くて彼の想いを拒絶したのだ。
「違う、マーガレットはそこまで馬鹿じゃない。エドガー様の気持ちをちゃんと理解していて、はぐらかしているだけだ」
「……ごめんなさい」
「謝る相手が違うんじゃないかな」
全て、彼の言う通りだ。誰かのせいにしてみたところで結局、決断するのは自分自身。マーガレット・フォーサスに、シナリオは存在しない。臆病者の私が、逃げる為の免罪符として使っていただけ。
「……ありがとう、ライオネル。大好き」
「僕も大好きだよ、マーガレット」
彼の肩にことりと頭を乗せると、思いきり息を吐き出す。それはまるで、心の奥に溜まった鬱々とした感情を絞り出すように、見えない何かに溶けて消えた。
「貴方のおかげで、ちゃんと反省することが出来たわ」
「それは良かった」
「だけど、意外。まさかライオネルが、エドガー様とのことを応援してくれるなんて。口では何だかんだ言っても、あの方のことが好きなのね」
しばらくして気持ちが落ち着き、私はまっすぐに体を起こす。頬を緩めながらそう口にすると、彼は物凄く嫌そうに顔を顰めた。
「止めてよ、僕はマーガレットの為に言ってるだけ。あの食えない王子はいけ好かないし、べたべた触ってほしくないとも思ってる」
「ああ、そうなの」
何だかおかしくて、ふふっと笑みを溢す。それにつられるようにして、ライオネルも柔らかな表情で頷いていた。




