私の弟はまさかのあの子。
フォーサス家の食卓は、それはそれは幸せに満ち溢れていた。長女マーガレット、長男ライオネル、そして美しい両親。貴族特有のギスギスとした雰囲気は皆無で、使用人達も一様に血色が良く、変に怯えている様子も感じられない。
父であるダニエルはどっしりとした美丈夫で、口数こそ多くないけれど私達に向ける視線が常に柔らかかった。母ミレーヌは物腰柔らかな美人だけれど、屋敷の女主人として的確に使用人達に指示を向けていた。
マーガレットの一つ年下である弟ライオネルはあざと可愛いという言葉がぴったりで、姉が大好きないわゆるシスコン。たった一時間足らずでも、マーガレットがいかに愛情を受けて育ってきたのかが分かる。きっと本人も、素直でまっすぐな令嬢に違いない。
今朝目覚めた時の衝撃もすっかり忘れ、私もつい純粋に家族の時間を楽しんでしまった。
自室に戻ると「少し一人にしてほしい」とメリルに告げ、さっそくペンとノートを取り出す。ごわごわの羊皮紙にも、すぐに滲むインクのペンにもすっかり慣れた私は、約半日で得た情報をすらすらと書き連ねていった。
「ライオネルは、やっぱりあのライオネルなのかしら……」
一番の衝撃は、これに尽きる。「死ニ愛」のヒロインの一人、悪役令嬢アンドリッサ。彼女が十一歳の時に出来た義弟が、一つ違いのライオネルなのだ。もちろん、攻略対象の一人である。
茶色の瞳と髪。アンドリッサの遠縁にあたり、男児に恵まれなかったコンドルセ公爵家を継ぐ為、養子として迎えられた。理由はそれだけでなく、ライオネルの家が火事に遭い彼以外全員還らぬ人となってしまったせいもある。
丁度いいという言い方も良くないけれど、コンドルセ家は天涯孤独となったライオネルを引き取ったのだ。
家族を失ったライオネルは、出会った当初廃人のようだった。誰にも心を開かず、感情の機微もなく、ただ一人生き残った自分を責め続けていた。リリアンナ編では、そんな彼の心に優しく寄り添い、アンドリッサ編では愛のある喝を入れた。そうして少しずつ絆を深めていくわけなのだけれど、まぁ最終的には彼と一緒にデッドエンド。依存愛の化身と化したライオネルと共に、永遠の愛を誓いながら逝くという、何ともロマンチックな最期だった。
「ゲームの彼と全然性格が違ったわ」
確か、彼は元々侯爵家の出身。ということは、このフォーサス家は侯爵位。ますます、朝のほのぼのとした雰囲気が特殊なのだとよく分かる。貴族の暮らしなんて、リリアンナとアンドリッサの家庭内事情しか分からない。それでも、前世では考えられないような時代錯誤な思考が普通にまかり通っているのはままあることだ。
「確かに、これだけ家族仲が良かったら自棄になるのも納得が行くわ」
まだ、完全にイコールで繋がっているわけではない。そもそもここが「死ニ愛」の世界であるとも限らないし、そうなれば私の持つ知識は全くの無意味どころか、余計な混乱を招くだけ。
「とりあえず、普段通りに生活しながら少しずつ情報を集めていくしかない」
ライオネルという名前をペンでぐるぐると囲みながら、私はそう結論付けた。マーガレットとしての生活は幸いにも快適そうだし、これまでと違って命の危険もないと考えていいだろう。
「あーあ。まだまだ堪能したかったのになぁ。アンドリッサ編のライオネルは未達だったし」
盛大な溜息と共に至極身勝手な独り言を呟きながら、書き連ねた羊皮紙を引き出しの奥に押し込んだ。