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ヤンデレ乙女ゲームのモブ令嬢は、最推し王子の誘惑を全力で拒否したい。  作者: 清澄 セイ


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36/88

時は過ぎ、季節は巡る。

♢♢♢

 時の流れは早いもので、私は現在十四歳。学園に入学してから、一年と数ヶ月。頭より先に体が気怠さを感じ取る季節となり、燦々と照りつける太陽とどこからともなく聞こえる虫の声。からりとした陽気は過ごしやすいとは言えないけれど、じめじめとした空気感がない点では過ごしやすい。

「今日は一段と暑いですね、アン様」

 掌を団扇のようにぱたぱたと動かしながら、私の隣に座っているアンドリッサに話しかける。

「当たり前よ、夏なんだもの」

 彼女の日焼け対策は完璧で、大きな日傘で顔が下半分しか見えない。

「ああ、今すぐ魔法使って水浴びしたい」

「魔石の無駄遣いはお止めなさいな」

「分かっていますけどお」

 夏服に変わったとはいえ、いかんせん肌の露出が少ない。思わずスカートを持ち上げようとして、アンドリッサにぴしゃりと手の甲を叩かれた。


「あら、また馬鹿なことをしていらっしゃるのね。フォーサスさんったら」

「……うげ」

 そちらを見ずとも、誰だかすぐに分かる。学園に入学してから、飽きもせず事あるごとに私に絡んでくる面倒な相手。

「そんなに暑いのなら、いっそのこと裸で駆け回ったらいかがかしら?」

「ああ、何だか先ほどより虫の声がうるさくなった気がするわ」

「何ですって⁉︎貴女、私にそんな態度を取っていいと思っているの⁉︎」

 うんざりしながら顔を上げると、リリアンナ・ノチェスが腕を組んでこちらを見下ろしていた。

「相変わらず、地味な顔ね!」

「だったら、覚えていただかなくて結構です」

「まぁ、憎たらしい。貴女って本当に、女性としての可愛らしさがない方だわ」

 一番最初の魔法学の授業でエドガーが私を庇って以来、リリアンナの私への当たりが益々キツくなった。アンドリッサにも同様に嫌味をぶつけているけれど、彼女は相手にしない。その為、最近はその分の憂さ晴らしも私に含まれている。

「アン様。そろそろ教室に戻りましょう」

「ええ、そうね」

「ちょっと待ちなさい、逃げる気ね!」

 立ち上がった私の肩を掴んで、きいきいと金切り声で威嚇する。こういう時には取り巻きを連れていないのだから、本当に姑息な人間だ。

「私がアン様と過ごす貴重な時間を邪魔しないで!」

「誰に向かって口を聞いているの⁉︎」

「そっちが喧嘩を売ってきたのよ!」

 結局、いつもこうなる。今の人生で初めて気付いたけれど、どうやら私は沸点が低いらしい。

「今日こそは決着を着けてやるわ、マーガレット・フォーサス!」

「望むところよ!殴り合いでも何でも受けて……い、いたたたた‼︎」

 体を前のめりに、リリアンナに食ってかかろうとした瞬間、びりりと激痛が走る。慌てて確認すると、アンドリッサが日傘の先端を私の足の甲に思いきり押し付けていた。

「はしたないわよ、マギー」

「わわ、分かりました‼︎分かりましたからそれ止めてえ‼︎」

 その細腕のどこにそんな力があるのかと疑問に思いながら、私は涙目で何度も頷いた。

「アンドリッサ様も、余裕でいられるのも今の内ですから!エドガー様の婚約者に相応しいのはこの私だと、次期に思い知りますわ!」

「それは楽しみね。どうぞ頑張って」

「べーだ!」

 令嬢にあるまじき表情で舌を突き出してやると、途端にアンドリッサの眼光が光る。まるで百戦錬磨の殺し屋の如き目つきに、私は思わず背筋を震わせたのだった。


「毎日毎日、本当にうんざりしますね」

 あんなに可愛らしいと思っていた声が、今はすっかり耳障りで仕方ない。せっかく離れられたのに、まだ傍で騒がれているような感覚だ。

「あの情熱には感心するわ。相変わらず、エドガー様には相手にされていないのに」

「それは、まぁ……」

 彼の名前が出た途端、歯切れの悪い言い方になってしまう私を見て、アンドリッサは溜息を吐く。これは最早、恒例行事だった。

「あの方に構われていることに胡座をかいていると、その内に足元を掬われますわよ。ほら、今だって」

 彼女が視線を向けた先には、リリアンナとエドガーの姿が小さく見える。いつの間にあんな場所まで移動したのかと、リリアンナの俊足ぶりに思わず感心した。

「……見た目だけは、お似合いですよね」

 あの日以来今日までずっと、エドガーは私との間に壁を築いた。それは薄いように見えて、乗り越えることが出来ないほどに高く聳えている。彼は実に強かで、私以外には気付かれていない。故にリリアンナは、今だに私を敵対視していた。

「私そろそろ、ノチェスさんに殺されそうな気がします」

「あら、その心配は無用だわ」

「どうしてですか?」

 ことりと首を傾げる私に向かって、アンドリッサは意味ありげに微笑んだ。

「貴女は恵まれていると、自覚なさいな」

「は、はぁ」

「ぼさっとしていないで、行くわよ」

 自分が引き留めたくせに、と内心で不満を漏らしながら、意外と早い彼女の足取りに慌てて後を追いかけたのだった。

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