超えてはならない一線。
「彼女は魔力のコントロールに長けている。無闇に水圧を上げることはないだろうし、何よりこの破片は熱を帯びている。水魔法の行使だけでは、こうはならないでしょう」
ぴりりとした空気感を纏うエドガーは新鮮で、麗人であるからこその底知れぬ威圧を感じさせる。喧騒はぴたりと止み、誰もが次の一言を躊躇う。
「マーガレットに罪を被せようとしても無駄です。僕は彼女をとてもよく知っている。この程度では誤魔化されません」
「エ、エドガー殿下。それは……」
先生でさえも、ただならぬ彼の雰囲気に萎縮している。そう尋ねられたエドガーは、無言のまま静かに目を細めた。
「も、申し訳ありません!私が……、私がやりました!」
彼がリリアンナに視線を向けるよりも先に、別の令嬢が立ち上がる。その体はがたがたと震えており、唇は色をなくしている。
「わ、私は、フォーサスさんから嫌がらせを受けていました。だから、せめてもの報復のつもりで……っ!ま、まさか、ノチェス様に怪我を負わせてしまうなんて……。どうか、どうかお許しください……!」
次々と仕掛けられる鬱陶しい罠に、いい加減我慢の限界だった。フォーサス家の名を下げる行動は慎みたい、その一心で必死に家族の顔を思い浮かべる。
「コンドルセ様とお二人で、執拗に私を苛めるのです!辞めてほしければ、リリアンナ・ノチェスを代わりに差し出せと!そんな恐ろしい真似、私には出来な――っ」
「今、アンドリッサ様を侮辱致しましたね?」
ばん!と机上を勢いよく叩くと、私はゆらりと立ち上がる。そのままこつこつとローファーの音を響かせながら、今しがたとんでもない発言をしでかした令嬢にずいっと顔を近付けた。
「第一王子の婚約者であるアンドリッサ様の名を悪戯に穢して、ただで済むと思わないことですね。貴女のボスにどんな餌をぶら下げられたか知らないけれど、この私が生きている内はあの方に指一本触れさせはしないわ。地の果てまで追い詰めて、きっちりと落とし前をつけていただきますから」
「ひ、ひいいぃ……っ‼︎」
内側が透けて見えてしまうのではと思わせるほどに瞳孔を開き、抑揚のない声で告げる。彼女はへなへなと腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「よくよく覚えておきなさい!あの方に手を出したら、タダでは済まさないんだから!」
何をどうしても腹の虫が治らない。リリアンナに向かってびし!と人差し指を突きつけ、堂々と宣言する。
私の行動が予想外だったのか、彼女はしばらくぽかんとしていたけれど、思い出したようにわざとらしく手を胸元で押さえた。
「な、何なの一体!やっぱり全部貴女の――」
「こら、マーガレット!」
リリアンナが喋り終える前に、エドガーが私の所へやって来る。まるで母親が子を叱るような表情で、あろうことかひょいと私を担ぎ上げたのだ。
「は、離してください!私はまだまだ言い足りないんです!」
「いいから、こっちへおいで」
「いやですぅ!」
ばたばたと全身で抵抗しても、全く意味を為さない。細身に見えても、彼は魔法と剣術に長けた武人。勝てると思っていた私の、飛んだ見当違いだった。
「先生、すみません。フォーサス嬢が少々混乱しているようですので、一旦退出して宥めようかと」
「あ、ああ。分かった」
そこは分からないでほしかったと思いつつ、捕獲された獣のようにエドガーに担がれ教室を後にした。




