シナリオがあればいいのに。
「ねぇ、マーガレット。貴女は、私とエドガー様の婚約をよく思っていないのよね?」
「はい、そうです。アン様には幸せに暮らしてもらいたいと」
「今まで、私は諦めていたわ。幼い頃からエドガー様の婚約者として厳しく育てられ、誰も私の意見には耳を貸してくれなかった。昔貴女が言ってくれたこと、本当はとても嬉しかったわ」
珍しく、アンドリッサが私を見つめている。恥ずかしがり屋で天邪鬼な彼女が本音を曝け出してくれるのは、きっと私の為。
「叶わない夢かもしれないけれど、もしもエドガー様との婚約がなくなったら、この国を出て違う世界を見てみたいと思っているわ」
「え……っ⁉︎」
「マギーを信用して、話すのよ」
彼女がそんなことを考えていたなんて、ちっとも知らなかった。驚きのあまり、手にしていたサンドイッチを落としてしまった。
「だから、エドガー様とノチェスさんが懇意にすることは、私にとってはやぶさかではないの」
「……もちろん、分かっています」
私だって、最初からそのつもりだった。アンドリッサがデッドエンドにならないよう、二人の仲を邪魔した。アンドリッサもこの婚約を望んでいるわけではないと言っていたし、いずれは正ヒロインであるリリアンナと恋に落ちてくれたら、全てが丸く収まると。
学園に入学してから、ゲームのシナリオ通りの形ではなくともリリアンナと出逢い、彼女はエドガーを気に入っている。全ては、私の思惑通りに進んでいるはずのだ。
「大体、ノチェスさんの性格が悪過ぎます!彼女がもっと良い子だったら、私だってこんな気持ちにはなりません!あんな人が国母だなんて、アン様だって嫌ですよね⁉︎」
「私は別に構わないわ。もし国を出たら無関係になるのだし」
「そ、そんなぁ……」
白状者!と彼女を詰ると、冗談だと返された。非常に分かりにくいので、止めてもらいたい。
「なぜ素直にならないのかしら。私に遠慮しているの?」
同じサンドイッチを食べているはずなのに、アンドリッサの所作を見ていると、とてもそんな風には見えない。金髪碧眼の、まごうことなき美少女。
彼女はちらりのこちらに視線をやると、まるで蔑むかのようにはっきりと見下ろした。
「私の慕う貴女は、他者のせいにばかりするような狡い思考は持っていないわ。いつだって全力でまっすぐで、馬鹿正直なところが魅力的なのに」
「……褒められている気がしません」
「発破をかけているだけよ」
ふん、と鼻を鳴らすアンドリッサは、どうしても私の態度が気に食わないらしい。
確かに、彼女は私だけに本音を打ち明けてくれた。それなのにうじうじとしてばかりで、今の私はどっち付かずの優柔不断。
「せめて、目の前に選択肢があればいいのに……」
ゲームでは、そうだった。正誤の区別が分かりやすくて、迷うこともなかった。まぁ、「死ニ愛」に関してはどちらに転んでも最期はデッドなのだけれど。
「何を言うの、マーガレット。それではつまらないと私に教えてくれたのは、他でもない貴女でしょう」
「私が……、ですか?」
「本当に馬鹿ね、まったく」
胸の内を素直に打ち明けてくれたかと思えば、いつにも増して鋭利な毒舌で、遠慮なくぐさぐさと刺してくる。
「私は、今に満足しているんです。家族を助けることが出来て、アン様という友人もいてくれて、これ以上ないくらいに幸せだから」
「……マギー」
「エドガー様とノチェスさんは、お似合いだと思います」
前世を含めると、もう数えきれないくらいに二人が腕を組んで歩いている場面を目にした。ハグも、キスも、耳元で愛を囁くところも、全て。
あんなにうっとりと眺めていたのに、今は思い出すだけで胃の辺りがむかむかと痛む。これは、性悪に変貌してしまったリリアンナには、かつて最推しだったエドガーを取られたくないというファンの心理。
彼女がこれまで通り天使のようなヒロインだったなら、きっと祝福出来た。ただ、それだけの感情。
「貴女がそう言うなら、私からはもう何も言わないわ」
とうとう見限られてしまったのかと、思わず瞳が潤む。アンドリッサはそんな私を見て、その柔らかく美しい手でそっと頭を撫でてくれたのだった。




