ヒロインと悪役令嬢。そして、モブ。
取り立てて特徴のない私とは違い、透き通るような声でエドガーの名前を呼ぶ。
「本日も麗しいお姿を拝見出来て、リリアアンナは幸せです」
「ああ、おはよう」
薄桃色の巻き髪はふわふわと風に遊ばれ、マシュマロのような肌は何とも触り心地が良さそう。桜色の頬は女性らしく、輝くアンバーの瞳は長く濃い睫毛に縁取られている。
まごうことなき美少女であり、正ヒロイン。リリアンナがエドガーのみに向かって可愛らしくカーテシーをしてみせた。
「おはようございます、ノチェス様」
「ああ」
私の挨拶には生返事で、視線すら寄越さない。彼女の瞳はうっとりと細められ、エドガーただ一人だけを見つめていた。
「本日の魔法学、エドガー様とご一緒出来るのがとても楽しみです」
「そういえば、今日から魔法学の授業か。もちろん、マーガレットも取っているよね?」
リリアンナとエドガーの温度差は、風邪を引いてしまいそうなほどに激しい。私に話を振る彼に、愛想笑を浮かべながら頷いた。
「そろそろ始業のチャイムが鳴る頃ですわ。行きましょう、マーガレット」
リリアンナに思いきり睨まれた私を庇うように、アンドリッサが間に入る。正ヒロインから敵対しされて、悪役令嬢から守られる。何とも不思議な状況に、思わず首を傾げてしまいそうになった。
「では、エドガー殿下。リリアンナ様。失礼いたしま……ぐえっ!」
ささっと頭を下げて、早々にこの場を立ち去ろうとした私の首根っこを、エドガーががしりと掴んだ。
「で、殿下!私は猫ではありません!」
「猫というより蛙みたいな鳴き声だったよ」
こ、この腹黒王子め!と心中で悪態を吐きながら、私はさっとアンドリッサの背後に隠れる。彼女は私を庇いながら、手を引いてその場から連れ出してくれた。
エドガーはというと、もちろん大人しくしているはずもない。あははと軽快に笑いながら、アンドリッサとは逆側、私の左手首をがっちりと捕まえて離そうとはしなかった。
リリアンナ・ミネルバもといリリアンナ・ノチェスは、私の知る彼女とは百八十度変わっていた。「死ニ愛」の正ヒロインにして、膨大な魔力量を持つ天才。そもそも、魔法を使える人間すら稀有だというこの世界で、彼女はとても異質な存在だった。恋愛ゲームにおける付加価値のような扱いしかなかった為に、ゲーム内では詳しい説明がなかった。
商人の娘だったリリアンナは、ある日町中で偶然エドガーと知り合い、彼の持っていた魔石に触れる。そこから魔力保持者であることが露見し、彼に「学園へ通ってはどうか」と提案されるのだ。
この国では魔法の解明が進んでおらず、こと女性がそれを使えるという事実に関して、軽蔑する風潮すらある。貴族であれば表沙汰にはならないけれど、リリアンナは庶民。ましてや推薦したのがあのエドガーともなれば、やっかみの対象となるのは当然だった。
魔法の授業でその資質が露見した彼女はますます敬遠され、アンドリッサの標的となり酷い苛めを受ける。それでも、まっすぐな心根と強い精神力、そして天真爛漫な愛くるしさが、攻略キャラ達のハートを射止めるのだ。それから、見た目も抜群に良い。天使のように可愛い。
もちろん今もそれは健在なのだけれど、マーガレットとしてリリアンナとこの学園で初めて出会った時から、容姿以外の何もかもが違っていた。
まず、彼女は平民ではなくなっている。振興貴族であるノチェス伯爵家の養女に迎えられ、リリアンナ・ノチェスとして実に堂々とした振る舞いをしていた。
それから、ゲームシナリオのように彼女とエドガーは町で出会っていない。彼はアンドリッサにプラスして私とばかり交流していた為に、その機会がなかったのだろうと推察している。
学園の入学式が初対面で、なんとリリアンナは初手から「お会いしたかった」と言ってエドガーの手を握ったのだ。これにアンドリッサが怒り狂い、私が必死に宥めた。するとリリアンナは「アンドリッサこわあい」と周囲に吹聴し、彼女は悪役令嬢としての地位を無事に確立してしまったというわけだ。




