学園入学、あの子の登場。
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あっという間に時は流れ、私達は無事王立学園への入学を果たした。真新しい制服と、まだ皮の硬い鞄。随分伸びた茶色の髪を揺らしながら、燦々と注ぐ陽の光に思わず目を細めた。
「あら、マギー。朝からこんなところでぼうっとして、まだベッドの中にでもいる気分なのかしら」
「アン様、おはようございます」
肩をとんと叩かれ振り返ると、この一年で益々美しく成長を遂げたアンドリッサが、輝かしい碧眼でこちらを見つめていた。
第一王子の婚約者として完璧な彼女は、周囲から畏怖されている。マーガレットは至って普通の令嬢なのだけれど、近寄りがたいオーラを放つアンドリッサとよく行動を共にしているという理由で、初日から何となく目立っていた。
「今日も素晴らしい一日になると良いですね」
「そんな夢みがちなことを言っていないで、もっと真剣に授業を受けなさい」
「あ。そういえば昨日、ライオネルがチョコレートを差し入れしてくれたんです。次の休日、一緒に食べましょう」
アンドリッサのお小言を軽く受け流して、私は言葉にリズムをつけながらそう口にした。
「まぁ、呆れた。入学してからまだ一週間しか経っていないというのに」
「だって、ここの食堂にはチョコレートがないんです」
「あのね、マギー。よくお聞きなさい。私達は、紳士淑女としてより完璧を目指す為に……」
ずいっと詰め寄ってくる彼女から私を守るように、突然背後から腕が伸びてくる。顔を確認せずとも声を聞かずとも、雰囲気と香りですぐに誰だか気付いた。
「で、殿下。苦しいのでお止めください」
「おや。よく分かったね」
「当たり前です」
耳元でふふっと嬉しそうな笑みが聞こえ、ひえっと肩を縮こまらせる。この一年あまりでさらに色気と蕩ける甘さを増したエドガーが、私の首元をがっしりと抱えていた。
「君達二人は本当に仲が良いね」
「マギーが私の手を煩わせるので、仕方なくですわ」
「私は、アン様といると楽しいです」
歯を見せて笑うと、彼女はそっぽを剥きながら「そんな笑い方はしたない」と言って自身の持っていた扇子を差し出した。
「もう学園での生活には慣れましたか?エドガー殿下」
さり気なく腕から抜け出した私は、必死に話題を変えようと試みる。
「生活での問題はないけど、マーガレットが余所余所しくなってしまったから、寂しいな」
「ふ、ふわあ」
「エドガー様!私の友人を誘惑するのはお止めください!」
ボルドーの制服は、エドガーをより一層魅力的に見せている。拾ってほしいと懇願する子犬のような瞳を向けられると、一瞬にして思考が解けてしまう。
「表面上とはいえ、私達は婚約者なのですから。マーガレットの評判が下がるような行動は、謹んでいただかなければ」
「僕にとっては、その方が好都合だよ。余計な横槍を入れる羽虫が減るからね」
ひい、と悲鳴を上げそうになったのを、アンドリッサから渡された扇子で口元を覆うことで何とか防いだ。
「……エドガー様は、きっと名君になられますわ」
「あはは、それは嬉しいな」
ああ、二人のやり取りは相変わらず肝が冷える。昔と違うのは、ここに参戦する人物がライオネルからあの子に変わったという点だけ。
いつもの流れでいくと、そろそろ現れても良い頃なのだけれど――。
「エドガー様!おはようございます!」
私の予想は、ぴたりと的中する。まるでジャスミンの花畑に迷い込んだかの如く、華やかで魅惑的な香りが辺りを包む。その中心となる一人の女生徒が、可愛らしい仕草でこちらにやって来た。




