シナリオの改変。
私が目を覚ました時には、本当に全てが片付いた後だった。侍女メリルがすぐに人を呼びに行き、両親とライオネルが泣きながら部屋へとやって来た。
「絶対死なないって、信じてた」
「ライオネル、ありがとう」
「信じてたから……っ」
しっかりと私の手を握り、涙を拭うこともしない。心配を掛けてしまったことを心苦しく思う反面、私以外は軽症だと聞いてほっと胸を撫で下ろした。
なかなか泣き止まないライオネルをなんとか宥め、私が眠っていた間の詳細を説明してもらうことに成功した。端的に言うと、フォーサスの屋敷に侵入してきたのは、他国から無許可で我が国に入り込んだ盗賊で、なんとそのメンバーの一人に王族が紛れていたらしい。
その為大々的な指名手配が出来ず、情報を握っていたのは極一部だけ。どうやらフォーサス領付近の港に停泊したらしいと知ったエドガーが、両親にも内密で屋敷に密偵を潜り込ませていたと。
そのおかげで迅速な対応が整い、奇跡的に一人の死者も出さずに済んだのだった。
「マーガレットの功績も大きいよ。みんな、賊に煉瓦や銅の塊を投げつけて応戦したんだ」
「あ、あれは火の元を消す為に用意したんだけれど……」
まぁ、結果的に役立ったのならそれは幸いなことだ。
「まさか本当に、マーガレットの予知夢の通りになるなんてね」
「ええ、私も驚いた。だけどこれで、もう不安はなくなったわ」
ゲームシナリオを覆し、ライオネルが孤独に陥る未来は防いだ。これからも、家族で幸せに暮らしていける。
「私を信じてくれてありがとう、ライオネル」
彼の協力なしには、この結果は得られなかった。予知夢などというにわかには信じられないような話を、ライオネルは私の様子から察してくれた。
「これからもずっと一緒よ」
「……うん。お姉様」
子どもの頃と同じように私を呼び、肩口に顔を埋める。いつからだろう、彼の肢体が私よりずっと大きく逞しくなったのは。小刻みに震える体を慰めたくて、その背中をそっと撫でた。
「そういえば、お母様が怒ってたよ。マーガレットが無茶したって」
「……それは、少し?それとも、凄く?」
私が目を覚ましたと聞き駆けつけた時には、大粒の涙を流して喜んでくれた。けれど母は、私が淑女らしからぬ行動を取ると非常に立腹するのだ。普段温厚な分、火がつくと怖い。
「大丈夫。僕も一緒に怒られてあげるから」
「ああ、ライオネル!大好きよ!」
ぎゅうっと思いきり力を込めてしまい、彼の喉元からカエルが踏み潰されたような呻き声が聞こえた。
ライオネルもいなくなり、部屋で一人ぼうっと天井を見つめる。三日間目を覚さなかったらしいけれど、気を抜けばすぐにまた眠ってしまいそうだ。
火災時の煙を遠慮なく吸い込んだことによる喉の炎症と、あちこちに擦り傷。急激な魔力消費のせいで体力が奪われた為、気絶後もなかなか目を覚ますことが出来なかった。それ以外には特に怪我もなく後遺症も残らず、またいつも通りの生活に戻れると言われた。
「私は本当に、運が良かったんだな……」
マーガレットとしての自分を自覚してからずっと、あの日に向けて準備してきたつもりだった。けれど実際は穴だらけで、物語のようにはとても上手くいかない。
ライオネルやアンドリッサはもちろん、何よりエドガーがいてくれなければ、確実に死んでいた。
――もう、何も心配いらないから。
それは、ゲームのスペシャルエンドでも言われたセリフ。そうして私はエドガーの首元に手を掛け、ゆっくりと力を込めていく。彼もまた心底幸せそうに、全てを私に委ねていた。
「……どうして私、あんなに安心したんだろう」
エドガーの顔を見た瞬間、心底思った。彼ならきっと私を助けてくれる、救世主だと。都合のいい自分が嫌になるけれど、あの時確かに強く感じた。
前世の私は、エドガーのことが大好きだった。人間離れした美しさと完璧な王子像、そして誰にも理解出来ない強い孤独と重圧。光と闇を同時に併せ持つ、とても魅力的な人物。何度も何度もプレイして、この世界に転生してからも彼と一緒に死ねることが幸せで仕方なかった。
今はもう、そんなことは望まない。マーガレットとして、家族や友人と幸せに過ごしたい。自分自身の孤独を、他人で埋めるような生き方は選びたくない。その為には、エドガーと深く関わってはならないのだ。
「……エドガー」
「なあに?マーガレット」
無意識に溢れた言葉は、独り言では終わらなかった。ここにいるはずのないエドガー本人から返事をされて、驚きのあまりベッドの上で跳ね上がった。ぎゃあ、という悲鳴と共に。




