絡み合う複雑な想い。
「私には決して、その座に取って代わりたいという意図はないのです」
「……そんなことは、分かってる」
澄んだ藍色の瞳を見つめられると、まるで湖の底に引き摺り込まれているような感覚に陥る。心底では自身もそれを望んでいるのだと、思わず彼の手を取ってしまいそうにも。
「だから僕は、君に興味を持ったんだ。一見普通の令嬢なのに、どこかミステリアスで考えが読めない。僕を好いているかと思えばそうでもなくて、何かとちょっかいをかけて来るくせに本音を見せない」
「……私に、腹を立てていらっしゃるのですか」
エドガーから距離を取ろうと、少しずつ後退る。とん、と背中が壁に当たり、それ以上逃げられないと私の体を拒んだ。
「君から、僕に近付いてきたんだ」
再び、エドガーの綺麗な指先が伸びてくる。
「ちゃんと責任を取って、マーガレット」
いつもとは違う掠れた声に、私は視線を逸せなくなった。思考が放棄し、頭が真っ白になる。息さえ詰まるこの瞬間、それを補うかのように彼の唇が鼻先に迫る。
むせ返るような甘美な香りは、甘ったるいチョコレートを彷彿とさせた。
「い、いずれ貴方には、もっと相応しい女性が現れます。その時には、私はもう二度と貴方の前に姿を現しません。だから、もう少しだけ……」
「ああ、なんて酷い子なんだ」
どうすれば、逃げられるのだろう。激しく脈打つ鼓動も、熱く熱を持つ喉元も、震える唇も、全てが彼を求めている。ダメだと理解しているはずなのに、無意識に惹きつけられる。
「君は僕に、何を望んでいるの?」
「それは……」
リリアンナと、結ばれてほしい。自身の家族とアンドリッサさえ助かれば、二人はどうなっても構わない。そんな風に考えていた自分自身が、悪魔のようだと思えた。
エドガーにも心があり、人生がある。私がマーガレットとして生きているように、目の前の彼も確かに今を生きている。これまでゲームシナリオに沿うことだけに命をかけてきたけれど、今回だけは違う。
彼を犠牲にする未来を、私は本当に望んでいるのだろうか。
「……いいえ、そんなことないわ」
無意識の内に手が伸び、彼の陶磁のような肌にそっと触れた。頬がぴくりと反応し、藍色の瞳が揺れた。
「私は、貴方にも幸せに生きてほしいです」
「マーガレット……」
「そんな顔をさせてしまって、ごめんなさい」
他人の婚約者に触れるなど、あってはならない。けれど今この瞬間だけ、指先から想いが伝わればいいと願った。
「これからは、もっとエドガー様の気持ちに寄り添いたいです」
「また、そんな可愛いことを言って」
「アンドリッサ様との婚約解消を望まないのであれば、そうおっしゃってください」
反省など今さら遅いと分かっていても、言わずにはいられなかった。この数年で、彼の存在がどんどん私の中で膨らんでいるのだと、認めたくなかっただけ。
大切な人を増やすほどに、マーガレットは生き辛くなっていくから。
彼から離そうと下ろした手は、すぐに絡めとられる。滑らかな頬とは違う、存外ゴツゴツとした男らしい肌触りに、思わず胸の奥が跳ねた。
「僕の望みは他にあるって、分かっているくせに」
「……離してください」
「アンドリッサも、他の女性も欲しくない」
これ以上は、本当にダメ。少しでも唇を尖らせれば、すぐに触れてしまうようなこの距離は。頭の中がめちゃくちゃに荒らされて、おかしくなってしまいそう。
「マーガレット、僕は」
「や、やめ」
逸らした視線を追いかけられた所で、再びノックの音が響く。私は一瞬の隙を突き、壁とエドガーの間からするりと抜け出した。




