悪役令嬢が頼もしい。
その日から、思った以上に発熱が続いた。両親も私を心配し、何度も部屋を訪れては温かい言葉をかけてくれた。やはり体調を崩している時はメンタルも不安定になるようで、ほんの少しのことですぐ泣いてしまいそうになるのを、必死に堪えた。
大切な家族を失いたくないのに、火事を防ぐ確実な方法が見つからない。焦燥感ばかりが募り、夜になると悪夢を繰り返す。
「メリル、お願いがあるの」
「何なりとおっしゃってください」
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、私の一番の侍女を頼る。今屋敷内の見回りをライオネル一人に任せている状況で、こんなことは想定もしていなかった。
「私の代わりに筆を取ってくれない?手紙をしたためたいの」
「もちろんです、マーガレットお嬢様」
とん、と拳で胸を叩いて見せる彼女を見て、私は小さく微笑んだ。
宛先は、アンドリッサ。他人を巻き込むことにずっと躊躇していたけれど、きっともう時間がない。
「もしかしたら近々我が家で火災が発生するかもしれないから、助けて」なんて頼んだところで、頭がおかしいとしか思われない。それでも、もうこれしかない。二人ならきっと力を貸してくれると、そう信じていた。身勝手な言い分、処分を受けるとするなら私だけでいい。
「お嬢様、これは……」
「いいから、私が口にしたことをそのまま書いて」
直接的な表現は避けたけれど、要約すると「私達を守れ」と同義。メリルは戸惑っていたけれど、私の言葉に再び筆を走らせ始めた。
それからさらに数日が経った頃、なんとアンドリッサ自らがフォーサスの屋敷へとやってきた。
「どうしてもっと早く教えないの⁉︎貴女って本当に行動が遅いわね!」
「ご、ごめんなさ……っ」
ネグリジェの首元を引っ掴んでぶんぶんと振り回す彼女を、ライオネルが慌てて止めた。
「止めてください!どうしていつも、そう一方的なんですか!」
「貴方には関係ないわ!私は今マギーと話をしている
のよ!」
この二人は、顔を合わせると喧嘩せずにはいられないらしい。
「アン様の手を煩わせてしまうのは、とても忍びないのですが」
「バカはやめてちょうだい。友人を見捨てるなんてこと、コンドルセ公爵家の人間がするはずないでしょう」
ようやく私から手を離した彼女は、いつもより表情に余裕が感じられない。
「アン様に嫌われずに済んでよかった……」
「ふん、あり得ないわ」
尊大でキツい態度の裏側は、温かで不器用な愛に満ちている。自身がアンドリッサとして生きてきた頃よりもずっと、私は彼女のことが大好きだ。
「とにかく、休養は大切よ。後のことはこの私に任せなさい」
「頼もしい、素敵、かっこいい……」
「マ、マーガレット!僕の方がもっと頑張れますから、僕に頼ってください!」
私の手を握るアンドリッサを押し退けて、今度はライオネルが代わりにぎゅっとしてくれる。かと思えば、すぐさま彼女が私の手を取り返しにきた。
「退きなさい、お邪魔虫!」
「それは貴女です!」
「何ですって⁉︎」
ああ、やはり仲が悪い。ここまで来ると、一周回って実は馬が合うのではとすら思えてくる。ゲームのシナリオでは、義理といえ家族になるのだから。
「ふふっ。何だか姉弟みたいですね」
口元押さえてくすくすと笑うと、二人同時に思いきり苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
アンドリッサの行動力は素晴らしく、たったの一週間でフォーサス家に出入りする人間の素性を、完璧に調べ上げた。それを纏めた資料を、ぱさりと私の机上に置いた。
「フォーサス侯爵は意外と抜け目のない方ね。身元のきちんとした者にしか、許可を出していないわ」
「我が領は、魔鉱石も多く取り扱いますから」
すっかり体調も回復し、日常に戻った。ライオネルやアンドリッサのおかげで、半分程は心の平穏を取り戻すことが出来た。けれど悪夢は変わらずで、減ってしまった体重もなかなか元には戻らない。
「けれど、少し安心しました。ありがとうございます」
「このくらい、貴女だって出来るでしょう。まったく」
口ではそう言いながら、頼られてまんざらでもなさそうな顔をしている。
こういう所も可愛いと微笑ましく思いながら、やはり火災は自然に起こった説が濃厚なのかもしれないなと考えていた。
「お父様に頼んで、夜の警備の数も増やしました。ライオネルとの見回りも再開しましたし、きっと悪夢のようにはならないはずです」
「当たり前よ。たかが夢なのだから、過剰に気にする必要なんてないわ」
「……そうですよね」
普通は、ただの杞憂で終わる話。けれど、私はもう数え切れないほど目にしてきたのだ。燃え盛る屋敷を涙ながらに見つめる、哀れなライオネルの姿を。
あんなスチルと同じ景色は、二度と見たくない。
「す、少し言い方を変えるわ」
「えっ?」
どうやらアンドリッサは、私が黙り込んだのが自分の所為だと思ったらしい。もじもじとした仕草で、普段はきりりとしたキツい印象の瞳を、上目遣いに変えた。
「貴女のいない世界なんて、この私が許さないから」
「アン様……、素敵です……」
美しい金髪を颯爽とかき上げる仕草は、まるで舞台女優の如くサマになっている。その姿にほうっと感嘆の息を漏らしながら、何度も何度も頷いた。




