思い通りには進まない。
――助けて、助けて、マーガレット。
――ああ、どうして僕を一人にするの。
――待っていて。すぐに、後を追いかけるから。
目の前で涙を流すライオネルに手を伸ばしても、それはすり抜ける。彼の足元がらがらと崩れ落ちていくのを、私はどうすることも出来ないまま立ち尽くしていた。
「……っ!ゆ、夢……よね」
脂汗の滲む額を抑えながら、妙に自身の脈が波打つのを強く感じる。またか、と項垂れたくなる気持ちを押し殺し、私はベッドから両足を下ろした。
そのままふらふらと二、三歩踏み出したところで全身から力が抜け、なす術もなくその場にへたり込む。
「お嬢様、おはようございます」
軽快なノックの音と共に顔を出した侍女メリルが、私の様子に気付くなりすぐさま駆け寄ってくる。
「どうされました⁉︎今すぐに奥様を……っ」
「へ、平気だから」
彼女に支えられながら、再びベッドへと逆戻り。メリルが両親を呼び、幾らも立たない内に医者が我が屋敷へとやって来た。
「睡眠不足と、軽い貧血でしょう。精神的な疲労が主な原因かと。薬を出しておきますからそれを飲んで、ゆっくりと体を休めてください」
ここ最近悪夢ばかりで碌に寝られず、食欲も湧かなかった。自身が高熱であることにすら気付かないほどに、私は心を蝕まれていた。
「マーガレット……」
額に冷たいタオルが置かれた私を、ベッド脇に跪いたライオネルが心配そうに見つめている。二人きりの空間で、彼は透き通るようなブラウンアイいっぱいに涙を溜めていた。
「ごめんね、迷惑をかけて」
「そんなことより、マーガレットが心配だよ」
「私は大丈夫。寝てなんていられないわ、早く起きて魔法の練習を」
身を捩らせたせいで、タオルがぱさりと落ちる。ライオネルは私の肩を優しく抑えると、そのままベッドへ押し戻した。
「熱も高いし、今は絶対に無茶したらダメ!最近顔色も悪かったし、ずっと無理してたんでしょう?」
「だけど、私……」
反論の言葉は、全て彼の涙に吸い込まれた。ぼたぼたと私の頬に溢れ落ち、ライオネルが拭っても拭っても意味を為さないほど。
「僕は、自分が情けない。マーガレット一人に背負わせて、守るどころか守られてばかりで、挙句にこんな……っ」
「違うわ、ライオネルのせいじゃない」
彼を悲しませたくなくて始めたことだったのに、これでは本末転倒だ。悪夢に苛まれていたのは、きっと自分だけではなかったのに。
「最近、よく夢を見るの。貴方が一人ぼっちで、ずっと私の名前を呼んでいる夢。それが辛くて、気持ちばかり焦って周りが見えなくなっていたんだわ」
「マーガレット……」
「だけど、これからも私は無理をする。熱が出ても倒れても、そんなことは関係ない。大切な家族の為なら、何だってしたい。失ってから後悔するのだけは、絶対に嫌だから」
一人で抱え込まないという約束を、破ってしまった。私はマーガレットに転生してから、どれほどの選択肢を間違えたのだろう。なぞるべき道筋はなく、自分で選択するより他にない。ゲームのヒロインだった頃は、ただの一度もなかったことなのに。
「だけど、今回は少し無茶をし過ぎたわ。もう少し、自分のことにも気を遣わなくてはね」
ライオネルの柔らかな髪を撫でながら、私は起きあがろうとするのを辞めた。ベッドに身を沈め、目の前にいる弟のことだけを考える。
「大好きな家族を悲しませたくないのは、貴方だって同じだものね」
「……うん、そうだよ。その通りなんだ」
「お互い、自分を責めることはやめましょう。私は、ライオネルをとても頼りにしてる」
にこりと微笑むと、彼の決壊はますます崩壊してしまった。
「うう、マーガレット、マーガレット……っ」
「はいはい、可愛いライオネル」
本当は、一つだって間違えたくない。けれど、それは無理なのだ。だったら、今は精いっぱい争うより他に手段などない。悲劇のヒロインには、私はならない。
「貴方の言う通り、今日はしっかりと休むことにする」
「してほしいことがあったら、何でも言って!」
いまだに止まらない涙をそのままに、彼は上目遣いにこちらを覗き込む。いくつになっても愛らしい弟に胸を撃ち抜かれながら、今回のことを改めて反省した。




