私の大切な家族。
――そんな日常を送りながら、私は夜の見回りを始めた。昼間淑女教育やその他のレッスンをこなしつつ、我が屋敷へ出入りする商人達を裏口で見張る。使用人部屋へもしょっちゅう顔を出したり、誰彼構わずに話しかけたりしているところを母に見つかって、こってりと絞られることもしばしば。
「マーガレットお嬢様は、明るくて話し上手ですね」
もう、何人にそう言われたか分からない。一人を寂しいとも感じないくらいに慣れていた私が、まさかそんな風に表現されるなんて思ってもみなかった。
沿うべきシナリオも何もない、私の意志のみが未来を変える。それはとても怖いことではあるけれど、同時に楽しくもあった。
「やっぱり、怪しい人はいないみたい」
警護人達の目をかい潜り、小さなランタンを手に屋敷を見て回る。何か探知機能のような便利な魔法が使えたら良いのに、そんなものは存在しない。あったとしても私には使えないから、地道に警戒するしかないのだ。
夜の見回りを始めてから、早数ヶ月。季節はすっかり夏を迎えたけれど、この世界の夏季は比較的過ごしやすくて助かる。
部屋が友達だった私には、極端な暑さや寒さに耐性がないから。
「何かもっとこう、てっとり早い方法はないかしら」
毎日毎日同じことの繰り返しで、つい気が抜けてしまった私。足元をすーっと何かが通り抜け、それが鼠だと気付いた時には思わず悲鳴を上げそうになった。
何とかそれを飲み込んだ代わりに、肘が飾り棚にぶつかり音を立てる。すぐさま警護人がそれに気付き、足音を立てながらこちらに近付いてきた。
「マーガレット、こっち」
慌ててランタンの火を吹き消したと同時に、誰かに腕を強く引かれる。それがすぐにライオネルだと分かり、私は安心して彼に身を任せた。
「もう、向こうへ行った?」
廊下に並べられている甲冑の後ろにしゃがみ込み、ぎゅうっとライオネルにしがみつく。私とは違う規則正しい心音が、少しずつ心を落ち着かせてくれた。
「うん、もういいみたい」
「ありがとう。見つかったら、またお母様に叱られるところだったわ」
「とか言って、それが嬉しいくせに」
可愛い私の弟は、何でもお見通しらしい。彼の言う通り、誰かに気にかけてもらえることが私は嬉しかった。
「ところで、貴方はこんな時間に何をしているの?」
「マーガレットの跡を付けてるに決まってる。言っておくけど、おそらく初日からずっとだよ」
「うそ!」
全く気が付かなかった。ライオネルには私と違って、隠密の才能が備わっているらしい。
「ここのところ、ずっと火事を気にしているよね」
「そ、そこまで知っているの⁉︎」
「銅材や煉瓦を大量に集めるなんて、不審過ぎるんだもの」
確かに、言われてみれば。とにかく燃えにくい材質のものをと、庭師に頼んで裏庭の倉庫にせっせと運んでいた。
「水魔法の練習も」
「ああ、それも……」
ライオネルは、諜報員の資質まで兼ね備えていた。
「アンドリッサ様を助けた日から、ずっと不思議だったんだ。必死だったとはいえ、練習もなしにあんなことは出来ない。魔石だって、普通は持ち歩かない」
「まぁ、そうよね」
白状したところで、信じてはもらえない。てっきりもっと詰られるかと覚悟していたけれど、意外にもライオネルはそれ以上の追及はしてこない。
「僕に隠しごとは無理だって、いい加減に気付かないと」
「どうやらそうみたい」
「何を背負っているのか分からないけど、その細い肩じゃ無理だよ。僕も一緒に抱える、そのくらいは出来る」
守りたい存在だった可愛い弟は、いつの間にか私が思うよりもずっと逞しく成長していた。
それはとても嬉しくて、ほんの少しだけ寂しい。
「詳しくは言えないけれど、近々この屋敷が火災に見舞われるような予感がするの」
「予知夢を見た、とか?」
「ええ、それに近いわ」
ライオネルは、一切私を疑わない。
「……ごめんね。相談も出来なくて、一人で勝手に」
「少し寂しかったけど、マーガレットが家族を何よりも大切に思っているのは知ってるから」
「ありがとう」
胸がいっぱいで言葉に詰まる私を、ライオネルが優しく抱き締める。ずっと堪えていた涙が、ぽろりと溢れて落ちた。
「一人で抱え込まないで」
「ええ、分かったわ」
「僕達だって、マーガレットを失ったら生きていけないんだから」
愁色の滲んだ彼の瞳に移る自分が、酷く小心で情けなく見えた。




