ひたすら地味に、こつこつと。
「お忙しい身でいらっしゃるのに、いつもありがとうございます」
「頻繁ではないし、気にしないで」
爽やかに笑うエドガーを見つめながら、私はぼんやりとライオネルルートについて懐古していた。彼がヒロインに過去を打ち明ける時のスチルは、一枚だけ。
燃え盛る炎の中、自身も煤だらけになりながら必死で屋敷に飛び込もうとするのを、周囲に止められている。その時の涙に濡れた悲痛な表情は、今でも鮮明に脳に焼きついていた。
あの時のライオネルは、確か涼しげなネグリジェを見に纏っていた。今が春だから、その時はもうほとんど目の前まで迫っている。
大切な弟を、二度とあんな辛い目に遭わせない。両親や使用人、そして思い出がたくさん詰まったこの屋敷も、全てを灰には絶対にさせない。
「……君は時折、そんな風に辛そうな顔をするね」
「申し訳ありません、少し考えごとを」
「僕じゃない、別の誰か?」
美しい藍色の瞳が一瞬陰り、彼の指先が私の喉元へと伸びる。意思に反してぞくりと震える背筋を伸ばして、弾かれたように後退った。
「わわ、私は今それどころではありません!とにかく今は、魔法を上手く発動出来るようになりたいだけです!たとえば、どんな大火災でも一瞬にして消せるような」
「それは無理かな」
さらりと言われると、仕方ないと分かっていても腹が立つ。
「魔法には、必ず魔石が必要だ。どんなに強い魔力を持っていても、相応の魔石がなければ大規模な範囲では使えない。我が国に魔法が普及しない一番の原因だね」
「それは重々承知しています。ですから、魔法はあくまで助力とするのです」
前世で大した成績を取れなかった私には、一般的な知識しか持ち合わせていない。本来であれば火災を起こさないようにするのが一番だけれど、万が一起こってしまった場合の対策も一生懸命練ってきた。
「私は、必ず成し遂げます。その為には、死ぬわけにはいかないのです」
詳細を打ち明けていない彼にこんなことを話しても、困惑するだけ。それに気付いた私は、慌てて頭を下げた。
「いつまで経っても、君が抱えているものを打ち明けてはくれないんだね」
「こうして協力してくださり、心から感謝しております。エドガー様」
「……まぁ、今はいいか。その内に、逃げ場なんてないようにしておけば」
彼の思考は何となく読めるけれど、私とエドガーが結ばれることはあり得ない。この一年を無事に乗り切ったら、後は学園に入学してリリアンナと出会うのみ。そこで二人が恋に落ちれば、アンドリッサの命も守られる。
「今日はこの辺りで。アン様もそろそろお付きになるでしょうから」
「そうだね、行こうか」
がらりと空気を変えたエドガーは、普段の王子様スマイルに戻った。内心安堵しながらオランジェリーの扉に手を掛けた瞬間、背後から名前を呼ばれる。
振り向いた直後に、思いきり頭から水をかけられた。
「ちょ、ちょっとエドガー様⁉︎いきなり何をするのですか‼︎つ、冷たいっ‼︎」
「あはは、ごめんね」
ちっとも反省していないどころか、なぜか嬉しそうに微笑んでいる。髪もドレスもびしょ濡れで、着替えは免れない。
「だけど、これで香りは取れたかなって」
「は、はぁ⁉︎一体何の話を」
怒りに任せて声を張り上げる私の耳元に、エドガーが顔を寄せる。今日、我が屋敷にやって来た時と同じようにすん、と鼻先をひくつかせた。
「うん、ばっちり」
「い、意味が分かりません‼︎」
私がじたばたと暴れたせいで、彼にも水飛沫が散る。額に張り付いた藍色の髪を拭うその仕草は、無駄に色香を放っていた。




