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ヤンデレ乙女ゲームのモブ令嬢は、最推し王子の誘惑を全力で拒否したい。  作者: 清澄 セイ


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元・最推しと秘密の特訓

「何だか、いつもと違う香りがする」

 すん、とひくつかせた鼻は、見事に私の耳元を掠める。鼻が高いって大変!などと言っている場合ではない。

「昨日、ライオネルからもらった新しい香油を使ったからではないかと」

「ライオネルから?」

 肘でぐいぐいと押しやりながら答えると、一瞬にしてエドガーの雰囲気が重く澱んだ。


「マーガレット!」

 その時、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、天の助けだと大きく手を振った。

「殿下!マーガレットから離れてください!貴方様にはアンドリッサ様という素晴らしい婚約者がいらっしゃいます!」

 ライオネルは息も絶え絶えに、私の手首を強引に引く。

「僕はただ、彼女からそのアンドリッサについて話を聞いていただけだ。ねぇ、マーガレット?」

「は、はわわ……」

「しっかりして、マーガレット!」

 二人があまりにも連呼するものだから、他にも同じ名前の令嬢がいるのかもしれないと、思わず辺りを見回した。

「大体、ライオネルこそ実の姉を呼び捨てにするなんて、良くないのではないかい?」

「二人で決めたことですので、どうぞご心配なく」

 十一歳となったライオネルは、声変わり特有の掠れ声を張り上げながらエドガーに抗議している。背もすっかり抜かされて、私よりも細かった腕も随分と逞しくなった。

「とにかく、誤解されるような行動は慎んでいただかないと」

「僕達は大丈夫。ね、マーガレット」

「ふわぁい」

 ああ、ダメだ。エドガーの前だとつい溶けてしまう。チョコレートは、熱にめっぽう弱いのだ。

「それより、君はまだ訓練の途中では?」

「そ、それは、その……っ」

「先生を待たせてはいけないから、さぁ」

 早く向こうへ行け、というジェスチャーを大変優雅な所作でしてみせるエドガー。ライオネルは後ろ髪を引かれる思い(表情から推察)で、渋々戻っていく。途中こちらを振り返り「節度を保ってー!」と叫んでいた。


「ちゃんと握らせたんだから、引き止めておいてくれないと困るな」

「はい?それはどういう……」

 こてんと首を傾げる私に向かって、エドガーはジャケットの内ポケットをちらりと見せる。金貨の擦れる音と共に、わずかに麻袋が顔を覗かせた。

「まさか、先生に賄賂を?」

「ちょっとお願いをしただけ」

 全く悪びれていない様子で、ぱちんとウィンクをしてみせる。そこから見えない何かが発したかのように、私の心臓をまっすぐに貫いた。

「ライオネルもいなくなったことだし、アンドリッサが来る前にやろうか」

「あ、は、はい」

「おいで、可愛い僕の花」

 砂糖を吐くほどの甘い言葉も、エドガーが口にすると何の違和感もない。気を抜けばすぐに魂を抜かれてしまいそうになるのを、私は懸命に堪えたのだった。


 オランジェリーへとやって来た私達は、誰もいないことを確認すると互いにこくりと頷き合った。

「さぁ、始めようか」

「とても緊張します。何度やっても、慣れなくて……」

「大丈夫。僕がリードするから、君はただ身を任せるだけでいい」

 エドガーは随分と慣れた様子で、私の背後に回る。右手をするりと伸ばして、私の腰元をまさぐった。

「や、ま、待って」

「待たない、ほら早く」

 心臓が仕事をし過ぎて痛いくらいで、私は全ての邪念を丸ごと追いやってから体に力を込めた。


「ダメだよマーガレット。肩の力を抜いて。でないと上手く入らない」

「は、はい」

「呼吸を僕に合わせて。さぁ、いくよ」

 彼の手がそこに入れられた瞬間、私は思いきり息を吐き出すと共にぎゅうっと固く瞼を閉じた。

「んん……っ!」

 慣れた感覚がまっすぐに私の中心を貫き、燃えるように熱いような、それでいてひやりと冷たいような、不思議な感覚に包まれる。

「ああ、上手く力が入ったね。君の魔力が分散されて、魔石が均等に散らばった」

「エドガー様が無駄に色香を放っていらっしゃるから、気が散って仕方ありません」

 恨みごとを呟けば、彼は笑いながら私から体を離す。右ポケットに入れていた魔石がなくなり、何となく身軽になった気がする。

「僕で頭をいっぱいにした方が、マーガレットは上手く魔力を放出出来るみたいだから」

「その言い方は誤解を生みますが、確かにエドガー様に指南いただくようになってから、格段に発動がスムーズになりました」


 わざわざ人払いをしたオランジェリーにて、私はエドガーに魔法の指導を受けていたのだ。もう、一年以上前から。

「上手くいったのはあの日だけで、後はまちまちでしたから。殿下には本当に感謝しております」

「こーら。二人きりの時は名前で呼び合う約束だよ」

 ほんの少し拗ねたような口調で、彼は長い人差し指をぴとりと私の唇に重ねる。きらきらと舞い散る水飛沫の中で、エドガーの姿も幻想的に輝いて見えた。

「はぁ、はぁ……っ」

「あれ、何だか呼吸が荒くない?」

「ど、どうかお気になさらず」

 エドガーといると、ここが「死ニ愛」の世界であることを強く意識してしまい、全力でゲームをやり込んだあの頃の情熱が再燃する。クリアしたい……!という欲望は、なかなか抑えるのに苦労するのだ。

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