初めての気持ち。
「やっぱり、形は素朴ね。確かに悪くないんだけれど、欲を言えばもっと華やかさがほしいわ。史実はどうだったか覚えてないけど、ミルクチョコレートがあるってことはアレンジ可能よね。シンプルなものしか横行していないのなら、自分で手を加えるのも一つの手だわ」
銀細工の繊細なデザインが施された食器の上に、チョコレートが乗せられている。それらを舐るように見つめながら、私はぶつぶつと独り言を繰り返していた。
「お気になさらないでくださいませ。マギーは、チョコレートを前にすると大体こうなるのです」
「へぇ。変わった思考の持ち主なんだね」
王族といえど、チョコレートに関してはまだまだというわけか……と、つい偉そうな目線で語ってしまった。我に返り陳謝したけれど、エドガーは微笑むのみ。
「あまり食べないから、新鮮だよ」
「それは損をしています!チョコレートは妙薬と言っても過言ではありませんもの!」
たった一人で食べても幸せになれる、素晴らしいお菓子。前世ではそうだったけれど、今はこうして大勢で楽しむ方がずっと好きだと感じる。
「マーガレット嬢は、チョコレートが大好きなんだね」
「はい、とっても好きです!」
彼の藍色の瞳に映る私が、嬉しそうに微笑んでいる。いつの間にか席を立ち上がり、エドガーの至近距離に迫っていたことにはっとして、慌てて後退りをした。
「申し訳ありません、つい!」
「……ううん、大丈夫」
己の軽率さに呆れていた私は、彼が笑みを浮かべていないことに気付くことが出来なかった。
帰る道すがら、馬車の中で私はアンドリッサに謝罪する。エドガー宅訪問は無事終了したけれど、数えきれないほどの失態を犯してしまった気がしてならない。
「貴女って、しっかりしているのかいないのか分からないわ」
「アン様のお役に立ちたくて、つい力み過ぎてしまいました……」
「もしかして、エドガー様のことを好いていらっしゃるのかしら」
その問いかけを耳にした瞬間、私はがばっと立ち上がる。馬車の中でそんなことをすれば、頭頂部を強打して当然だというのに。
「い、痛いです」
「まったくもう、何をしているのよ」
心底呆れたような口調だけれど、彼女はそっと頭を撫でてくれた。
「アン様の目にはそう映っても仕方ありませんよね。とにかく二人の間に割って入ろうとしているのですから」
「そんなことをしたって、婚約は無くならないわ」
それでも、エドガーに好かれてほしくない。嫌われてもほしくない。非常に複雑な心情だった。
「アン様がお嫌なら、何か別の策を考えます」
「なぜ?」
「貴女が大好きだから」
命を落としてほしくないと、そう思ってしまう。
「いつもそう言ってくれるわよね、マギーは」
私は狡い。アンドリッサの苦悩を知っているからこそ、彼女に同情している。けれど、今はもうそれだけではない。目の前にいる彼女が大切だからこそ、ずっと一緒にいたいと願う。
「……こんな気持ちは、初めてなんです」
友人などいなかった私の世界は、一人で完結していた。自分のことだけを考え、自分の意見にだけ耳を傾け、やりたいことをしてやりたくないことはしない。
孤独だと感じなかったのは、絆を知らなかったから。ほいほいと簡単に死んでいた自分には、もう二度と戻れないのだ。
「奇遇ね、私もよ」
アンドリッサは、にこりともしていなかった。眉間に強い力を込めているせいか、完璧な配置である顔のパーツが、心なしか中央に寄っている気がする。それは泣きたい衝動を懸命に堪えている時の、アンドリッサの表情だった。
「貴女の好きにしたらいいわ。くれぐれも無茶だけはしないように。この私に心配なんてさせたら、タダでは済まさないから」
「ふふっ、ありがとうございます」
今この瞬間、マーガレットとして彼女に出会えたことを心から嬉しく思った。
その後屋敷に帰ると、涙目のライオネルが思いきり頬を膨らませており、黙って出かけた贖罪として三日間べったりを許可せざるを得なかったのは、また別の話。




