自己満足な結論。
結局、右腕をがっちりと掴まれた私はそのまま客室にてお茶をいただき、エドガーの見送りまで付き合わされた。ライオネルは不満たらたらだったけれど、アンドリッサに頼られること自体は悪い気はしない。
「せっかく婚約者と会えたのに」
「私はマギーと遊びたかったわ」
疲弊している様子の彼女は、いつもよりずっと素直だった。
「ここだけの話だけれど、私エドガー様といると息が詰まるの」
「アン様が?自他共に認める完璧なご令嬢ですのに」
「そんなことは当たり前よ」
尊大に胸を張りながらも、その横顔はどこか憂いを帯びていた。
「分かっているわ。必要とされているのは私自身ではなく、公爵令嬢アンドリッサ・コンドルセだと」
「アン様……」
「それをまざまざと突きつけられているような気分になるのよ」
確かに、ゲーム内でアンドリッサは終始苦しんでいた。厳格な両親、無駄に媚びてくる周囲の人間、弱音も吐けない婚約者。スペシャルエンドを迎えるたび、彼女は「愛のある死」という結末でその苦悩から解放されていた。
それこそがこのゲームの美点なのだけれど、実際に辛そうなアンドリッサを目の前にすると、果たして本当に彼女は救われたのだろうかと、思わず首を傾げたくなる。
「私はあの日、アン様を助けることが出来て本当に良かったと思っています。こうして友人関係になれて、私は幸せです」
「な、何よ藪から棒に」
「どうか、いつまでも長生きしてください」
唐突過ぎると分かっていても、唇から勝手に溢れてしまった。アンドリッサは数度瞬きを繰り返した後、口元に手を添えふふっと微笑んだ。
「ええ、そうね。貴女に救われた命ですもの。大切にするわ」
その笑顔は、これまでに見たどんなスチルよりも可愛らしく輝いていた。
コンドルセ家を後にし、私とライオネルはがたごとと馬車に揺られながら自家を目指す。彼はいつも「何かあったらすぐに守れるように」と、私の隣に座る。今日はことさらに距離を詰め、にこにこと嬉しそうに笑っていた。
「やっとお姉様と二人になれた。まさか、エドガー殿下にお会いすることになるとは思わなかったね」
「ええ、そうね」
ぼんやりと車窓を見つめながら、気もそぞろに生返事を返した。
「どうかした?疲れちゃった?」
案じるような声色で、こちらを覗き込むライオネル。彼に視線を移すと、なぜだかぎゅうっと胸が締め付けられた。
「ねぇ、ライオネル。私、貴方のことが大好きよ」
「僕もです、マーガレットお姉様!」
「今この瞬間が、一番幸せなの」
だから、手放したくないと思う。家族も友人も、自身の命も。
「アン様とエドガー様の婚約を破棄させる方法って、何かないのかしら」
弟の手を握りながらぽつりと呟くと、ライオネルがこれでもかと目見開きあんぐりと口を開けた。
「今のセリフを聞かれたら、首と体が離れるよ!」
「やっぱりそうよねぇ」
「まさかお姉様、エドガー殿下に一目惚れを……⁉︎」
その問いかけに違うと否定しようとしたら、私より先にライオネルがぶんぶんと首を左右に振る。
「そんなのあり得ない!絶対ない、ねぇ⁉︎」
「どちらかというと苦手だわ」
「だと思った!誰だよ、変なこと言い出すヤツは」
何が面白いのか、彼は大笑いしながらべしべしと自身の膝を掌で打っていた。
「アン様が幸せになれるよう、手伝いがしたい」
「将来の王妃だよ?幸せは約束されてる」
「それは表面上の話よ」
この世界で当たり前の価値観も、私にとっては違う。家名の為の結婚が当たり前だとしても、出来ることなら少しでも彼女の力になりたい。
「……そうだわ。良い案を思い付いた」
来たる学園入学の日に、もう一人のヒロインであるリリアンナとエドガーが出会うように仕向けるのだ。今の内から信頼を得ておけば、彼女を推しても不審に思われないかもしれない。
生贄を差し出すようで申し訳ないけれど、今の私はアンドリッサが大切だ。彼女を死なせない為には、エドガーにリリアンナを選んでもらわなければ。
とすればやはり、目下の目標は火災の阻止。これをどうにかしなければ、誰一人救うことは出来ない。
「ライオネル!死んじゃ嫌だからね!」
がばっと襲いかかってきた姉を邪険に扱うこともなく、彼は嬉しそうに抱き締め返してくれた。




